〈総統の弟〉

 その日、料理の本に総統の弟が出てきた。
 休日の朝、スープを作ろうと思い、冷蔵庫の中にある食材と料理の本のレシピを比べてメニューを決めた。だが、いざ作ろうとした時、僕はそのメニューに総統の弟が必要であることに気がついた。
 総統の弟は、百CCのミルクの後に加えることになっていた。僕の家には総統の弟はない。というか、僕はそのときまで、料理に総統の弟が必要だなんて知らなかった。
 スーパーの店員に総統の弟があるか聞いた。店員は僕を総統の弟のコーナーに連れて行ってくれた。総統の弟のコーナーには、様々な総統の弟が並んでいた。
 総統の弟は珍妙な顔をしたり、楽しげだったり、苦痛を浮かべていた。音楽家だったり、画家だったり、小説家だったり、大工だったりした。総統の弟は総統以外の様々な職についていた。
 僕は総統の弟がそんなに種類があるとは思わなかった。髭にも髪型にも様々な種類があった。
 僕は店員にどれを選んでいいのかわからない、と言った。店員は総統の弟を何に使うのか聞いていた。
「スープを作ろうと思うんだけど」
「何系ですか?」
「何系?」
「コンソメ系とかミルク系とか、それとも、ブイヤベースとかトムヤムクンみたいに独特のものですか?」
「ミルク主体みたいだ」
 じゃあ、これかな、と店員は大工の総統の弟を棚から取り出した。立派な髭をたくわえ痩せていた。
「大工にしては痩せているね」
 僕は言った。
「太っていると屋根に上れないんですよ。筋肉は引き締まっていますよ。まじめだし、ミルクとは相性がいいんですよ。硬すぎず柔らかすぎず」
「屋根の修理もできるの?」
「いいえ、あくまでもこれは総統の弟ですから、実際の屋根の修理はできません」
「じゃあ、大工とは言えないじゃないか」
「ええ、正確には大工の前に総統の弟ですから。大工という職業の前に総統の弟ですから。総統の弟という枠の中でヴァリエーションがあるだけです。時として、人は自分の力ではどうにもならないものというのがあるんですよ」
 そういうものかな、と僕は思いながら大工である総統の弟を籠にいれレジに向かった。
 家につくと、スープを作った。きちんと料理の本のとおりに作った。百CCのミルクを沸騰させた後に総統の弟を加えた。
 おいしいと言えるものだったと思う。
 総統の弟がこのスープにどんな影響を与えているのかはわからない。ただ、後日、同じスープに総統の弟を加えないで作ってみたが、それはどこか深みのない味だった。



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