〈しばらくさんがやってきた〉

 しばらくさんがやってくる時、僕の家ではカレーをつくった。 
 しばらくさんがやってくる時、僕の両親は喧嘩をしなかった。
 しばらくさんがやってくる時、僕の家は幸福だった。
 そんなわけで、しばらくさんがやってくるのを、僕は楽しみに待っていた。
 しばらくさんが誰なのかはわからない。しばらくさんはやってくる三日前に電話をしてきた。母親はしばらくさんに食べさせるカレーをその時から作り始める。普段僕らが食べるカレーとは違う。それは奇妙で微妙に豊麗な魅惑の匂いが漂うカレーだった。僕はそのカレーが大好きだった。
 しばらくさんが来るときは、家の中には幸福感が漂っていた。
 しばらくさんは色々な話を僕にしてくれた。しばらくさんは色々な所を旅していた。しばらくさんは時々手品を見せてくれた。そして、そのネタを僕に教えてくれた。
 しばらくさんがいつから現れなくなったのかはわからない。いつからか現れなくなったのだ。
 しばらくさんが現れなくなってから、しばらくして、僕の両親は離婚した。僕はそれでも成長した。時間は勝手にすぎさって、結局のところ、僕はあのカレーを長いこと口にできなかった。
 僕は大人になり結婚した。結婚してから三年目に電話がかかってきた。
 しばらくさんは三日後に訪ねてくると言った。
 僕は母親に連絡し、あのカレーの作り方を教わった。
 僕は妻とともに奇妙で微妙に豊麗な魅惑の匂いが漂うカレーをつくった。
 三日後に少しやつれたしばらくさんがやってきた。
 僕はしばらくさんを家へと招きいれようとした。だけどしばらくさんは首を振り、中には入ってこなかった。
 しばらくさんはこの仕事をやめると言った。だから、別れの挨拶にきたのだと言った。
 しばらくさんは、もう自分は必要とされなくなった、だから、消えることにする、完全に消えることにする、さようなら、と言ってさっていった。
 僕と妻は顔を見合わせた。部屋の中には奇妙で微妙に豊麗な魅惑の匂いが立ちこめていた。
 僕と妻は奇妙で微妙に豊麗かつ魅惑的の匂いのするカレーを食べた。二人だけでそれを食べた。デザートにはバニラアイスのブランデーかけを食べた。
 全てを食べ終わると妻が言った。
「どうやら妊娠したらしい」
 ああ、そう、と僕は下を向いて素っ気なく言い。
 次に、ああ、そう、と顔を上げ大きな抑揚をつけ、言った。



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