| 〈セルロイドの子〉 セルロイドでできた庭園が僕の町にある。庭園の真ん中には子供の像が立っている。今日はその像がどうしてできたのか話したいと思う。 セルロイドの庭園を作ったのは、あるセルロイド好きの男だった。彼の父親は莫大な資産を持っていた。その資産は、セルロイドの加工技術で築いたものだった。病気で父親が死んでしまうと、セルロイド好きの男は、若くして広大な敷地を持つ屋敷と使いきれないほどの資産を手にした。 男はセルロイドと共に育った。幼い頃からセルロイドに接し、セルロイドについてはほとんど何もかも知っていた。男は資産を継ぐと、すぐに自宅の庭をセルロイド製に変える事を決めた。会社に庭園を製作するための部署を作り、次々とセルロイド製の樹木や草花を製作していった。長い年月の果て、セルロイドの庭園は完成した。 セルロイドの庭園は朝陽に照らされるとつややかな光を放った。驟雨にさらされるとそれは時が止まった世界の情景のようだった。雨に打たれても動かないセルロイドは静かに眠っているように思えた。美しく詩的な庭園だった。 セルロイド好きの男は一人、大きな屋敷からじっと庭園を見た。夜だった。庭園の中に設置されたライトがぼんやりと光っていた。セルロイドの庭園は全く動かないものだったけれど、不思議と生きているような感じがした。何かが足りない、と男は感じた。人がいない、と男は思った。昼間は会社の人間がいる、庭園を整備したり、新しい植物を植えたりしている。だが、彼らは仕事で来ている人間だ。セルロイドの庭園の本質に必要な人間ではない。セルロイドの庭園にふさわしいのはセルロイドの人間だと男は思った。 男は新聞にセルロイドの庭園に相応しいセルロイドの人求む、と広告を出した。会社の人間や世間では男の行為を馬鹿にしたり、洒落の一つとして捉えていたが、男は本気だった。やがて一通の手紙が来た。 手紙はセルロイドでできた女性からだった。両親は普通の人間だったが、なぜか彼女はセルロイドでできていた。そのことでずいぶん苦しんだり悩んだりした、と書いてあった。手紙には写真が添えられていた。 美しい女だ、と男は思った。普通の人間ではありえない滑らかな光沢を持った肌が光っていた。男は彼女を自分の庭園に呼び寄せた。セルロイドの庭園にセルロイドの彼女はとてもよく似合った。男は彼女に恋をした。それは男がこれまで感じた事がない感情だった。男は彼女にプロポーズした。彼女はそれを受け入れた。 幸せな日々が続いた。セルロイド好きの男とセルロイドでできた彼女は二人だけで日々を過ごした。問題は何もないように思えた。だが、一つだけあった。それは子供ができないことだ。セルロイドでできた彼女は子供ができない体だったのだ。しかし、それでも二人は幸せだった。二人はようやく自分を受け入れてくれる相手に出会ったのだ。 十年が過ぎた。そして、不幸は突然やってきた。セルロイド好きの男が病気になったのだ。それは癌だった。男は入院した。幾度も手術をし、治療をし、すっかり痩せてしまった。莫大な資産を使い、高度な手術や治療を行っても、癌を完治させることは難しかった。セルロイドでできた彼女は病院に泊まりこみ、男を看病し続けた。 セルロイドの庭園には誰もいなくなった。無人の庭園は薄い闇の中で無言のまま主の帰りを持っていた。火が出たのは夕立のあとだった。庭園を照らす照明が雨の為ショートし、発火したのだ。セルロイドは引火性が強いため、火は瞬く間に広まった。火事の知らせは病院にいるセルロイドでできた彼女に知らされた。 彼女は車で自宅まで急いだ。そして、あまりにも急いだために赤信号で飛び出し、左から来た車に接触、スピンして電柱にぶつかった。相手の車はたいした損傷は無かったが、セルロイドでできた彼女の車はばらばらになった。そして、彼女自身もばらばらになってしまった。 セルロイド好きの男の前には、セルロイドでできた彼女が横たわっていた。彼女の体には傷がなかった。会社の人間がばらばらになった彼女の体を元通りにつなぎ合わせたのだ。だが、彼女は起き上がらなかった。体は元通りになっても、中にあった魂までは復元できなかったのだ。 男の容態は急激に悪化した。最後の晩、会社の人間を呼び、男は焼けた庭園の復元を指示した。そして、死後、焼かれた自分の灰と彼女の体を混ぜセルロイド製の子供の像を作って欲しいと遺言を残した。 その後、発火性の少ないセルロイドが開発され、庭園は復元された。そして、その中心には子供の像が置かれた。 セルロイドの庭園は、今は観光の名所として賑わっている。セルロイド製ではない普通の体の人々が庭園を巡り、セルロイド製の伝説に接している。悲しいけれど美しい伝説について、セルロイドの子を見上げながら人々は語り続けている。 |
了