| 〈くじらに恋したソファ〉 僕が一ヶ月に及び呑まず遊ばず出かけずに時間をやりくりして働いた末に手に入れたソファはくじらに恋をした。 そのソファは中古で、一九六〇年に作られた年代物だった。綺麗な彫刻の施された四肢を持ち、落ち着いた色彩の緑やオレンジや黄色のストライプが縦に走っている。年代物ではあるが、保存状態がよく、汚れや痛みはほとんどない。高校生である僕の一月分のバイト代で買えたのが奇蹟だった。 そのソファがくじらに恋をした。 僕はソファを自分の部屋に置いた。僕の部屋にはくじらのポスターが貼ってある。シロナガスくじらが海深く潜ろうとしている写真だった。雄大で壮大なポスターだった。僕はソファをそのポスターの前に置いた。 ソファは僕に、くじらに恋をしたと打ち明けた。そして、どうにかしてその恋を成就させたいと言った。僕は迷った。苦労して手に入れたものだったし、凄く気に入っていたからだ。僕はくじらのポスターを貼っていたことを悔やんだ。だけど、結局ソファの恋を実らせてあげることにした。 僕はソファに泳げるのかと聞いた。ソファは泳げないと言った。お前泳げもしないのにくじらに恋したのか、と聞くと、ソファはそうだ、と言った。泳げるようになりたいというので、僕は風呂場にソファを持っていきバスタブにいれた。ソファはでかいのでバスタブからはみ出た。それでもソファは一生懸命に練習していた。バスタブには残り湯が入っていてそれはぬるかった。 僕はソファにくじらは海のすごく深いところまで潜るから、相当な寒さにも慣れているに違いないと言った。ソファはバスタブに冷たい水を張ってくれと言った。僕はお湯を抜き、冷たい水をいれた。ソファは冷たい水の中で泳ぐ練習をした。長い間練習をして、風邪をひいた。 ソファは根性があったので、風邪が治ったらまた練習を始めた。そうして、一ヶ月が過ぎる頃、どうにか泳げるようになった。ソファは海に行きたいと言った。僕はどうしても行くのか? と言った。ソファはそうだ、それはソファとしてゆずれない、とわけのわからないことを言った。僕は車でソファを海まで運んだ。 朝もやのなか、海は静かだった。僕はソファとしばらく浜辺に座って海面から出てきたばかりの太陽を見ていた。少しして、ソファはそろそろ行きます、と言った。僕は立ち上がってソファに手をかけ、元気でな、くじらに会えることを祈っているよ、と言った。ソファは何も言わなかった。言わなかったけど、僕にはソファの言いたいことがなんとなくわかった。でも、僕も何も言えなかった。ソファは静かな波のたつ海へと入って行った。ソファはしばらくは海面を漂っていたが、やがて、思いついたように海中へともぐって行った。 それから数年が経った。僕は大学院生になった。大学院生の僕は自分の部屋で本を読んでいた。それは夏の暑い夜だった。呼び鈴が鳴った。僕はこんな時間に誰だろう? と思った。玄関の扉を開けると目の前にソファがいた。ソファは変わりがなかった。さすがに少し汚れていたが、それは間違いなくあのソファだった。ソファの横には小さな一人がけ用の椅子がいた。ソファと同じように緑とオレンジと黄色のストライプ柄だった。ソファは子供だと言った。僕はソファたちを家の中へと入れた。 「それが、今君が座っている椅子だよ」 僕がそう言うと彼女は一瞬驚き、その後慌てて立ち上がった。今日はクリスマスで、多くの友達がパーティーのために僕の家に集まることになっていた。早くついた友達が僕の部屋のソファをほめた。ソファに話題が行ったので、僕はそのソファがくじらに恋をし、その後子供をつれて帰ってきたことを話した。 「後ろに尻尾があるんだ」僕は言った。みんなは椅子の後ろにまわった。でもそこには尻尾はない。なんだ、ないじゃないか、とみんなは言った。そりゃそうだ、と僕は笑いながら言った。そのうち、全員が集まったのでパーティーを始めようということになった。 しばらくの後、みんなが酔いつぶれる少し前、彼女が話しかけてきた。小さな椅子に座っていた子だ。僕は彼女に好意を持っていた。 「さっきの話、おもしろかったわよ。たとえ嘘でも」 「嘘じゃない。本当のことだ」 「あら、でも尻尾はなかったわよ」 「あれは、レプリカなんだ。子供は確かにいたんだよ。でも、子供はくじらとソファの合いの子だから海に返したんだ。ソファは悩んだけどここに残ることにしたんだ。海はソファには適していない環境だからね。で、ソファがさびしくなるだろうと思ってレプリカを作ってもらったんだ。尻尾までは再現していないけど」 彼女はくすくす笑っていた。 「本当だよ。もしよかったら、来年の夏休みにでもソファの子供を捜しに行こう」 僕は言った。彼女は笑いながらどこかへと行ってしまった。 僕は自分の部屋に行った。すでに酔いつぶれた友達がソファに寝そべっていた。僕は友達を脇へと押しやり、ソファに座って缶ビールを飲んだ。少しすると彼女がやってきた。彼女が来たので、僕は寝ている友達をさらに脇へと押しやった。彼女もソファに座った。そして、ソファの子供を捜しに行きたい、と言った。僕は、楽しそうだ、と言った。彼女は相変わらずくすくす笑っていた。でも、一瞬ソファが身震いしたとき、彼女の笑いはとまった。だけど、酔いつぶれた友達がソファの身震いにあわせて何やらもごもごと言ったら、またくすくす笑い始めた。 僕らはそれから長いこと、ソファの子供捜しの旅の計画について話し続けた。 夜中長いこと話し続けた。 |
了