E
 
 [四]

「それで、その風呂敷包みには何が入っていたの?」
 彼女が聞いた。
「気になる?」と僕は言った。
「当然よ」
「玉手箱だった」
「はい?」
「玉手箱、浦島太郎がもらったやつ。絵本とかで見たのと同じだったからあれは玉手箱というものだと思うんだ。太い紐でくくってある」
 玉手箱……、とつぶやきながら彼女は少し考えていた。それから
「開けたの?」と聞いてきた。
「やっぱりそれが気になるでしょ」
「そりゃそうよ。だってあれって開けたら煙が出てきて歳をとってしまうものなんでしょ」
「でも僕は浦島太郎のように何年も竜宮城で宴会をして過ごしてきたわけではないよ」
「だけど誕生会は酒池肉林だったんでしょ」
 彼女は前のめりになって言った。
「酒池肉林っていうほどでもないけど」
「で、結局開けたの?」
「開けてない。僕の家の押入に風呂敷で包みなおして置いてある」
 僕は目の前の冷酒を一口飲むと言った。彼女も一口飲んだ。
 歌舞伎町の真ん中にある飲み屋「万歳」は仕事帰りの中年のサラリーマンで混んでいた。
 若い彼女をこの店に連れてくるのには躊躇したが、他に適当な店も知らないし、まあ、いいかという感じでつれてきたのだ。
 彼女は冷酒をおいしそうに飲んでいた。
 彼女の名前は吉弓さんと言った。
 新宿にある僕とつきあいのある会社の受付をしていた。
 吉弓さんは小柄でかわいい人だった。きらきら光る瞳を持っていて笑うとえくぼができる。
 僕が新宿で用事をすまして帰ろうと新宿駅西口へと向かって歩いていたときだった。
 交差点の向こうに見覚えのある顔を見つけた。
 会社の制服とは違く、薄いピンク色のワンピースを着ていたが、僕にはすぐにクライアントである会社の受付にいる女の人だとわかった。
 仕事が終わり帰宅するところなのだろうと思った。
 彼女の事は気になっていたので僕は声をかけようと思った。が、問題が一つあった。
 制服に付いていた名札で僕は彼女の名前が吉弓さんだということは知っていたのだが、読み方がわからなかった。
 キチユミ? と僕は思ったがなんだか正しくないような気がした。
 それでも僕は横断歩道を渡る彼女に駆け寄り、こんばんは、と声をかけた。
 吉弓さんはすぐに僕に気がついたらしい。もっとも、受付でとはいえ毎日のように顔を合わせているのでわかるのは当然だった。
 僕は彼女の名前を聞いた。よしゆみりょうこ、と彼女は答えた。
 僕は一応自分の名前を言った。彼女は知ってますよ、と言った。だって、毎日受付で聞いてますもの、とも言った。
 僕は彼女に帰るところか聞いて、もしよかったら食事をしないかと誘った。吉弓さんは少し考えてからOKと言った。
 僕は吉弓さんを誘ったのはよかったが、普段話したことがなかったので何を話していいかわからなかった。そこで、この間起こった奇妙な僕の聖誕祭について長いこと話した。
 僕の話を吉弓さんは楽しそうに聞いていた。
「その玉手箱、見たいわ」と吉弓さんは言った。
「別にいいけど」
「今日見たいわ」
「今日か」と言ってから僕は少し考えた。部屋は先週掃除をしていたのでそれほどは散らかってはいなかった。
 僕はいいよ、と言った。それから僕らは「万歳」を出て新宿駅へと向かった。

「これがその玉手箱ね」と吉弓さんが僕の部屋の丸テーブルの上に置かれた箱を見ていった。
 僕は良く冷えたジンを舐めるようにして飲んでいた。
 ふうむ、と言いながら吉弓さんはテーブルの上にひじをついて玉手箱を撫でていた。
「開けてみたいとは思わない?」
 吉弓さんが聞いてきた。
「当然思うよ。でも開けた事はない。天気のいい日にベランダに持って行ってそれを見ながらお酒を飲むくらい」
「何それ?」
「そうやって、それをそばに置いてお酒を飲んでると変なこととか思い描けて面白いんだよ」
「変なこと?」
 吉弓さんも自分のグラスのジンを飲みながら言った。
「そう、変なこと。たとえば小さいドラえもんがはいっているとか、魔法の棒が入っていて、その棒はなんでも僕の夢を叶えてくれるものであるとか」
「なるほどね」
「あと、そいつを夕方近所の公園に持って行ってベンチの上にそっと置いておくんだ。それで、僕は少し離れたところからそれを見ているんだ。その公園には子供が何人か遊んでいるんだけど、やがてそのうちの一人がそれに気づいて駆け寄るんだ。で、どうなると思う?」
「どうなるのかしら、その子がこれを開けておじいちゃんになったらあなた罪深いわね」
「おじいちゃんになったらね。でもならないかも。僕が開けたら白い煙が出るんだけど、その子が開けたらおもちゃのピコピコ銃が出てくるだけかも。でも、そんなこと誰にもわからないだろう?」
 そうね、と言いながら吉弓さんは玉手箱を撫でていた。玉手箱はなまめかしい光を放っていた。
「凄く長いマジックハンドとかあったら開けられるんだけどね」
 と僕は言った。
「距離の問題でもなさそうだけど」
 吉弓さんはそう言うとグラスを持って僕のそばへと移動した。と、とたんに隣がうるさくなった。
 Tたちが夕食を作り始めたのだ。時間は十二時になっていた。深夜にもかかわらずかなりうるさい。
 吉弓さんが隣がうるさいわね、と言った。
 僕はTのことを話した。
 吉弓さんはTの話がかなり面白かったらしい、凄く笑い転げていた。
 その笑える人物がすぐ隣でご飯を食べているという現実にもかなり笑えたらしい。
 一通り話し終わって、吉弓さんの笑いも収まり、隣のTたちも食事が終わって静かな夜がまた戻ってきたとき僕らはキスをした。
 僕は彼女を抱き、吉弓さんは小さい吐息を吐いていた。
 
 部屋を暗くして、僕らはベッドの中にいた。吉弓さんは激しく僕を求めてきていたし、僕も激しく彼女を求めた。
 一通りのことが、まるで雨雲がでてきたあとは雨が降るという事実と同じように順をおって過ぎ去ると、吉弓さんは僕の横ですうすうと寝息を立て始めた。
 僕のよれたティーシャツを着て吉弓さんは小動物のように丸くなって寝ていた。
 僕はしばらく彼女の寝顔を見ていたが、やがて眠りについた。

<<D F>>

@ A B C D E F G

|小説オンラインTOP|長編|短編|超短編|詩文|コラム|サイトマップ|