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 [三]

 これが正しいということかどうかはわからない。
 目の前に並ぶ十二の雷銃を眺めながら「私」は思った。彼らは天井高くの半円形の小窓から差し込むやわらかな白い光に照らされ、ある者はぬめっとした鈍い光を、またある者は玉虫色の鋭い光を、またある者は際限なくその光を身のうちにとらえようとあくまで自身のよりどころである闇を携えたまま暗い影のなかにその身を横たえていた。
 彼らは赤茶色の煉瓦で作られた固い壁から突き出た半円形のテーブルの上に、銃口を中心に向けて綺麗に並べられていた。テーブルはよく磨かれた大理石でできており、十二の雷銃の分身をその表面に捕らえていた。
 影撃ち、闇裂き、罰……などと名付けられた十二の雷銃はひそひそと何かしらかを、顔をつきあわせ、小声で話し合っているようにも見えた。
 「私」は彼らをまるで少年から青年へと脱皮を試みる息子、または、少女から大人の女性へと早熟する事をあせる愛おしい娘を見るかのような眼で眺めていた。
 だが、雷銃は何ものをも「私」には語りかけてこなかった。
 彼らは生まれたばかりなのだ。
 彼らの物語はこれから始まるものであった。
 だが、「私」は彼らがやがて引き起こすであろう「物語」というものについて考えると、彼らが置かれた大理石のテーブルのマーブル模様のように、不安と期待が混じった落ち着くという事を知らない心の動揺を自らの胸の内に生じさせるのであった。
 それは時折潮が満ちてくるように「私」の心の中でその存在を大きくしていく。が、それにもかかわらず、「私」というものは彼らを生まなければならないということについて確固たる確信があった。
 その思いというものは「彼」がいつも心の中に携えているつかみ所のない、だがしかし、確かにそこに存在する敵のような味方のようなものと似ている、と「私」は考えていた。
 それでも、彼ら十二の雷銃の存在を「彼」に知らしめることはできなかった。
「彼」のほうでも雷銃の存在に気がついているのかもしれないが、あえて「私」が言葉を言わなければ、自分の視界には入らぬ事としてやりすごしてくれるような気がしていた。
「私」は立ち上がり、長い爪の先で雷銃の一つをなでた。
 雷銃はキーンという鳴き声とも叫び声とも判断の付かない声を上げて鳴いた。
「私」はテーブルに映り込んだ自分の姿を見た。
 年をとり、白い髪の毛と長い髭に覆われた痩せた年寄りの顔がそこにあった。
 皮膚は長年火にあぶられ爬虫類のように鱗状のしわともひび割れとも言えぬ細かい亀裂がはしり、ぼつぼつとした出来物に覆われていた。
 眼はくぼみ、頬はこけ、並びの悪い歯がいつのまにか色を無くした唇の間からのぞいていた。
 魔術師、いや、あるいは本当に魔術師であるが故なのかもしれないが、長い爪を持ったしわしわのやせ細った手は若い頃には考えられなかったくらいに動きが鈍くなっていた。
 だが特定の、そう、雷銃を創るということに関してだけ言えば、この手は未だその力を伸ばしていた。
 「私」は次々と十二の雷銃を長い爪で撫でていった。
 雷銃は撫でられるたびにその身をふるわせ、声を上げた。
 空気が変わった、と「私」は感じた。
「あのお方がやってきます」
 薄暗い部屋の隅で震えながら十二の雷銃と「私」を見ていた耳のとがった小人が言った。
 かわいそうに、若い彼は善良であるが故にその主人である「私」が行う悪事とも「彼」に対する裏切りともとれる所業に対して心の底から恐れを抱いているのだ。
 さして寒くもない部屋の中で彼の足は震え、発する言葉は細かなビブラートを伴っていた。
「私」は彼に対し後ろ向きのままうなずいた。そして、右手を挙げ、大理石のテーブルを横切るようにそれを振った。
 雷銃の並べられたテーブルは、「私」の手の動きにあわせるようにその姿を部屋の中から消していった。
 雷銃の存在は今やもう一つの次元にある「私」の部屋へと運ばれていった。
 そこは秘密の場所であり、何人たりともたどり着くことの叶わぬ異世界にあった。
「私」は石階段を上がり、四角い小窓から外をのぞき見た。
 遠くに「彼」の姿を確認することができた。
 歩みはあくまでもゆっくりとしていて力強いものだった。
 黄緑色の草原で「彼」の姿は異様に暗く、そこだけ光を吸収するなんらかの力が働いているように思えた。
「私」は「彼」の姿を確認するにいたって何かしら満足のようなものをおぼえた。
「彼」がこの小さな工房、何を創っているにせよ、「私」とその小さな助手の城へとやってくるのにまだしばらくの時間がかかりそうであった。
「彼」は焦らないし、「私」もあわてる必要はなかった。
「彼」はこのみすぼらしい小屋へ、黄緑の丘の上に立つ苔むす城へとやってくるのはある意味では魂の休息やいわゆる洗濯といった意味もあるのだ。
 すばやく通り過ぎる必要はないし、むしろ時間がかかればかかるほど意味のあるものとその行為は成っていく。
「彼」は丘を登ることを楽しんでいるのだ。
 たとえ、足下の黄緑が黒から灰色へ、そしてまた黄緑へと変色し、戦いを続けるとしても、「彼」には罪はない。
「彼」を包む黒色の重厚な鎧は、腐りつつある彼の体を覆う腐食気流の全てが流れ出ることを防ぐことはできないのだ。
 鎧の隙間、継ぎ目やその能力の薄くなった部分からこぼれ落ちる腐食気流は大地の黄緑をも腐食する。
 太陽に向かって開けた花のつぼみもしなだれ腐る。だが、それはすぐに回復する。
 強力な自浄作用とも呼べる偉大な力が黄緑を取り戻すのだ。だから、「彼」は丘を登ることを気にすることはなかった。
「彼」は力強く両足を動かしてやってきた。
 ハイ、デル、ムント、ハイ、デル、ムント、と。
 「私」は石階段を上り、二階へと移動した。
 二階の大きな広間の中央。
 そこには巨大な水晶の玉がその体の半分だけを床の上にのぞかせて鎮座していた。
 薄暗い部屋の中で水晶はぼんやりと光り、存在を主張している。
 石造りのひんやりとした二階の広間にあるものと言えば、その水晶と傍らに備え付けられた簡単な作りの安楽椅子だけだった。
 それで十分だった。それだけでこの広間の存在意義は充分にあった。
 「私」は歩みを進め、水晶を覗き込んだ。
 はじめ、水晶は静かな眠りについているように何ものもを応えてはくれなかった。だが、「私」がひとたびその艶やかな体に触れると、ゆっくりと眠りの底から起きあがり、彼女が見ていた夢をその中に映し出した。
 透明な水晶の玉は今や少しだけ明るさを増し、深遠なる森を体内に創りだした。
「私」は水晶を覗き込んで、深い緑色の木々の中に彼らを捜した。彼、そして、彼女は森の中を手に手をつなぎ歩いていた。
 男は片手に黒光りする雷銃を持っていた。
 それは確かに雷銃の一種ではあった。だが、完成されたものではなかった。
 確かにそれなりの力は備わってはいる。しかし、十も弾を発射すると銃身は曲がり、雷銃としての機能は失うという具合であった。
「私」は森の中を走る彼が右手に握る雷銃を見た。
 銃身は未だ曲がらずにあった。
 二発、いや三発は弾を撃ちはなったのかもしれなかったが、雷銃は依然として雷銃であった。
 彼に雷銃を与え、森に解き放ったのは十日ほど前。
 それなりに雷銃の力を理解し、その結果、彼の左手に引かれてよろめきながらついてくる彼女を手に入れたか、と「私」は思った。
「私」は傍らの安楽椅子に腰をおろした。
「彼」がやってくるまでに、まだしばらくの時があった。
「私」は目を閉じ、十二の新しい雷銃のことを想った。
 そして、規則正しく発せられる「彼」の足音、邪悪であると言う人もいるが「私」は時に心地よくさえ感じられるその音を聞いた。
「私」の心は不思議と澄んでいた。自分でも意外なくらいに落ち着きを持っていた。
「私」は耳をすました。じっと耳をすました。
「私」は目を閉じたまま、百億の丘を登る百億の足音を、後戻りの出来ない、ただつながり、つむがれる物語を、単純に言ってしまうことすら逆に可能であろうと思われる程の苦悩と歓喜の声と激しく明るい産声を、確かに、この、心地よい芽生えの匂いのする丘の上の城の中で、聞いた。

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