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 [二]

 拳銃を持って日本の街を歩くというのはたとえることの出来ない緊張に満ちた感覚をもたらす。
 アメリカなんかじゃこういう感じは味わえないのだろう。
 私のクリーム色のハンドバッグには、金色の銃身を持つ拳銃が入っている。
 拳銃が私の前に現れたのは一週間ほど前。
 目覚めると自分のワンルームの部屋に置かれた丸テーブルの上にそれがあった。
 朝の光に照らされキラキラと輝いていた拳銃。
 初めは夢の続きでも見ているのかと思った。寝る前に西部劇の映画をテレビで見ていたからだ。でも、違った。拳銃は確かな重さを持って私の部屋のテーブルの上にあったのだ。
 私はベッドから降り、ひざまずいてテーブルの上の拳銃を見た。 
 それから他に部屋の中で変わったことがないか調べた。ドアや窓の鍵を調べた。誰かが夜中に入ってきて拳銃を置いていったのかもしれないと思ったからだ。でも、特に変わったところは見つけられなかった。
 私は拳銃にそっと触れてみた。
 凄く綺麗に磨かれている銃身にゆがんだ私の顔が映っていた。拳銃はひんやりと冷たかった。
 私はゆっくりと拳銃を持ち上げてみた。それは結構な重さがあった。右手でグリップを握り、鏡にむかって構えてみた。
 昔、大学生だった頃、アメリカに旅行したときに射撃場に行ってみたことがあった。その時にやったように拳銃を構えてみた。
 金色のその拳銃は私の手の中にしっかりと収まっていた。重さはかなりあったのだが、構えるという動作には全く問題なく感じた。むしろ自分の体の一部分であるかのようにさえ感じられた。
 私は右手の人差し指をゆっくりと引き金へとかけた。だけど、そこでふいに怖くなり、私は拳銃をゆっくりとテーブルの上へと戻した。
 それからまた部屋の中を調べた。玄関やベランダにも異常はないか調べてみた。でもやはり変わったところは何もなかった。
 私は拳銃を見た。
 普通の会社の受付嬢をしている私には拳銃の知識なんてほとんどないのだが、それでもこの目の前の拳銃はどこか変わっているという印象をうけた。
 シリンダーというのだろうか、玉をこめる部分が銃身とはずれたところにあり、このままでは玉を発射できないような気がした。
 また、そのシリンダーも取り外すことができず、どのようにして玉をこめるのかわからなかった。
 もちろん、精巧にできたモデルガンであるため、実際には玉を発射できないようになっているという可能性もあった。だけど、そのときの私はなぜか、このシリンダーには玉がこめられており、引き金を引くとなんらかの物が銃身から飛び出すような気がした。
 そのため、静かな早朝の住宅街の真ん中で引き金を引くことがためらわれた。
 時計を見ると出社までにあまり時間がなかった。
 とたんに現実に引き戻された私はあわてて出社の用意をした。
 髪をとかし、素早く化粧をして着替えた。
 玄関で靴を履こうとしたときテーブルの上の拳銃が目に入った。
 それは相変わらず朝日を受け、きらきらと光っていた。
 私は靴を履くことをやめ、テーブルの前までいくと拳銃をつかんでじっと見た。
 それからハンドバッグを開き、それを中に入れた。
 拳銃はそれ自体を持ったときにはかなりの重さがあるように思えたのだが、ハンドバッグに入れたときはさほど重さという物を感じられなかった。
 まるで拳銃が自分で連れていってもらいたいがために自身の重さを軽くしているように思えた。
 私は拳銃を入れたハンドバッグを持って家をでた。
 中央線も山手線もいつものように不快に混雑していた。
 気持ちいい朝の日にはふさわしくない脂ぎった背広姿のくたびれた感じのおじさんに囲まれて会社に行くのは当然のことながらいらいらする。
 無意味に人のことを押してくるしちかんをしてくる奴もたまにいる。
 私が決まった時間に会社に行くことと彼らがみすぼらしい格好で電車に乗ることとははっきり言って関係はない。
 でも、どうしても彼らと同じ電車に乗らざるおえない状態に今はあった。
 思うに彼らのみすぼらしい格好というのにそれがそうでなければいけないという意味はないと私は思っていた。
 誰も彼らにそんな格好でいることを望んでいないのだし、無理してそんな格好をする必要もないのだ。
 別に人生に疲れているからって見た目にぼろぼろになる必要もないし、変な匂いを漂わせることもないし、朝から脂ぎる必要もないのだ。
 そんなことを同僚に話したら、彼女は彼らが望んでそうなったわけではなく、どうしようもなくそこに落ちていっただけだと言った。
 確かにそれは真実であるし、人を見た目で判断しては軽率であるなんてことも一応頭では理解していた。
 それでもやっぱり自然と不快にはなってきて、そんなことを考えてしまう。
 ぎゅうっと押されるたびにくっそーと思ってはしまうのだ。
 どうも私は昔からそうやってぶつぶつと文句を言う性質があったようだ。
 なんで、と言われてもそんなことはわからない。
 システム的に不愉快なものがあるとやっぱりぶつぶつとなんか言ってしまうのだ。
 そんな私だから友達も限られてくる。私の話すぶつぶつという文句を楽しんでくれる人じゃないとだめだ。
 今つきあいのある友達は私のそんな主張をおもしろいと言ってくれる。何がおもしろいのかは私自身にはよくわからないのだが、とにかく着眼点が個性的らしい。
 私にとっては彼女たちが言う私の分析のほうが個性的でいろいろ新しい事に気がつかされるので、彼女たちの方が個性的に感じられるのだが……。
 そんな私だから、やっぱり異性とは長続きがしない。
 さすがに高校、大学とそれなりにつきあいはあったのだが、なぜかみんな去っていくのだ。
 どうも私に合わせるのに疲れるらしい。
 別に合わせてもらう必要もないのだか、彼らの方ではどうしても自然と主張の強い私に合わせることになってしまうらしく、それが彼らにとっては苦痛に感じられてくるらしい。
 そんなことを言われても、と私は思うのだが、彼らにとってもそんなことを言われても、と思うらしいので、彼らが去っていっても追わないことにしている。
 それでもやっぱり彼らが去ってしまうと寂しさは感じるもので、しくしくとかよよよと言う感じに夜泣いたりするのだが、次の日の朝になるとちっとか言ってまた普通の生活に戻る自分の天の邪鬼なところに気づき、ちょっとした罪悪感と開き直りのようなものを感じてしまう。
 ハンドバッグに拳銃をいれたまま私は満員電車に揺られていた。
 その日もやっぱり疲れた背広さんたちが私の事をぎゅうぎゅう押してきて、私は無意識に拳銃のことを思った。
 この拳銃が鋭い銃声をあげて彼らの不快な物をはぎ取りどこかへと吹き飛ばすのだ。
 ズドゥゥンとかドキュゥゥンとかいう心地よい音をあげて吹き飛ばすのだ。
 そんな妄想を抱きながら電車に揺られているとふいにハンドバッグの中の拳銃が身震いしたように感じられた。
 ぶるぶると私の妄想に合わせるように身震いしたように感じられたのだ。
 私は一瞬のうちに得体の知れない恐怖を感じてそれ以上変な妄想を抱くことを自制した。本当にこの拳銃が彼らを吹き飛ばしてしまうように感じられて、もの凄く怖くなったのだ。
 会社で制服に着替えてから、拳銃の入ったハンドバッグをどうしようか迷った。
 自分のロッカーには鍵が頼りないながらもついているのでそこに置いておけば大丈夫ではあったのだが、なんとなく離れがたい感じがしたのだ。子供を家に置いて出かけるような感覚があった。
 でも四六時中ハンドバッグを持ち歩くのも逆に怖い感じがしたので結局はロッカーの中に置くことにした。
 不思議なことに離れていても拳銃の存在を感じることができた。そんなのは気のせいというやつかもしれないがそれでもあの綺麗な拳銃が確かにこの世に存在しているという感じがしたのだ。
 その日は仕事にほとんど身が入らなかった。
 もっとも仕事と言っても受付に座って来客者を各部署に案内するだけなのでなれればほとんど無意識にできるものだ。
 この仕事が何かの役にたっているのか何てことはわからない。考えようによっては役に立っているのかもしれないし、それほどでもないのかもしれない。
 楽は楽だけど、やはりやりがいのある仕事と言う感じは希薄だ。上もなければ下もないし上手くなるのは愛想笑いだけと言う感じがする。
 仕事が終わり、帰ってから着替えて愛車のバイク、カワサキ、エストレヤにまたがり十五分ほどの距離にある多摩川の高架下へと向かった。
 銃の引き金を引いてみたかったのだ。
 その欲求はとても強く、その行為が危険であるということは私の行動を止める理由にはならなかった。
 バイクで夜の道を走り、目的の場所へと向かう私は、自分が凄腕のヒットマンにでもなったような気がしてきた。
 ヒットマン、なんて言うとたとえが恐いが、要するにその行為によって何かを変える事ができる力を持つと言うことだ。
 背中のナップサックの中には綺麗な光輝く拳銃が入っているのだ。それには明らかな力が宿っており、的確に標的を撃ちぬくのだ。  
 目的地につくと、私はバイクを止め、土手を下りた。
 あたりは既に暗く、人影はなかった。
 高架は電車が通るたびに、一定のリズムで大きな音を出していた。
 私は高架下まで移動した。
 そして、傍らの適当な大きさの岩に腰掛けた。目の前を多摩川が小さな水流の音を立てていた。
 私は背中のナップサックを下ろし、中から拳銃をそっと取り出した。
 ひんやりとした拳銃はしっかりと私の手の中にあった。
 私は拳銃を持ったまま鉄筋の格子模様の影が落ちる川辺を見ていた。
 心地よい風がたまに吹き、私の髪を撫でていった。
 私は静かに息をした。不思議と心は落ち着いていた。
 つい昨日まで、私は自分がこうして拳銃を片手に高架下の岩の上に座って水面に揺らぐ影や月の光を見ることになるなんて思ってもみなかった。
 だが、人生にはおうおうにしてこういう風に思いがけない状態に物事が進むことがあるのだ。
 アメリカをぼろぼろの格好で旅行していたときは毎日が予想のつかないことの連続だった。だが、会社に入ってから心地よいどきどきというのはなかなかない。仕事に情熱を傾けている人ならあるかもしれないが、私には、ない。
 遠くから電車が近寄ってくる音が聞こえた。
 それはだんだんと、だがしっかりと、私の頭上にある高架を通過しようと鉄の車輪を強烈に回しているのだ。
 私は立ち上がった。
 そして周りを見た。周りには人影は無かった。
 ナップサックを下に置き、適度に足を開いて拳銃を構えてみた。
 岩場なのでどうにも足元がおぼつかなかったが仕方が無かった。石を上手いこと踏みつけるようにして私は立っていた。
 拳銃を闇の中に向けて構えていると、そこには明らかに何かがいるように感じた。
 向こう岸に人がいるということではない。
 闇の中、月の光でできた影の中に撃ち放つ標的を感じたのだ。
 それは私の妄想であるのかもしれないが、その時の私は確かにその存在を感じていた。
 拳銃と私は既に一体となっていた。まるで自分が巨大な戦艦の主砲であるかのようさえ感じていた。
 電車が近づいて来た。
 ゴンゴンゴンゴン、ガタガタガタとあわただしい音をたてそれは近づいて来た。
 やがて私は頭上に大きなものが凄いスピードで過ぎて行くのを感じた。
 四角い電車の影が残像を残しながら水面を流れていた。
 ガンガンガンという物凄い大きな音がした。
 私は拳銃を握る右手に力をいれた。
 それを支える左手にもしっかりと力をいれた。
 私は自分の右肩に頭をよせ、自分の右腕の、その先の拳銃の、さらにその先にある何かをしっかりと見た。
 私の心は台風の後の青空のように澄んでいた。
 電車が高架を叩く音が一瞬物凄く大きくなった。
 私は引き金に手をかけ、それを引いた。

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