B
 
 僕は目の前のボールの中で液体の生クリームの元が半固体の生クリームへと変化していく様を見て、そんなことを考えていた。生クリームはボールの中で甘い匂いを出していた。
 ケーキ三個分の生クリームを作り終わると、タバコとライターを手に一息つきにおもてに出た。Tたちは忙しそうに料理を作りつづけていた。
 階段に座り、タバコに火をつけて一服した。
 雲一つ無く、心地よい風が吹いており、気持ちがよかった。腕時計を見ると時間は二時半になっていた。
 ふと、小人の事が気になった。
 本当に彼らは来るのだろうか、来たとしたら僕は彼らのことをなんて友達に説明すればいいのだろうと思った。
 はっきり言ってそんなことは僕が気にすることではないのかもしれないが、それでもやはり気にせずにはいられなかった。
 こういう自分がどうしたらいいかわからない状態になるなんてことは大人になるとなくなると小さい頃は思っていた。
 大人になると他人の心が読めるようになって、物事は微妙なバランスを持って進んでいくのだと漠然と考えていた。
 当然そんなことは現実にはない。そんな超能力を持った人はめったにいない。
 でも、それでもたまに僕はみんな実は他人の心の中を見ることができるんじゃないか、それを自分だけの秘密にして日々を過ごしているんじゃないかって思うことがある。
 それは、殻をむくまで中に本当に何が入っているのかなんてわからないのにそれを食べるという前提において卵を茹でる行為に似ている。本当に中に白身と黄身から成る卵が入っているって知らなければできないことだ。卵を見たことも食べたこともない人はそれを茹でて殻をむいて塩をふりかけて食べるなんて思わないだろう。
 そんなことを考えながら、僕は煙草を地面に押し付け火を消した。それから吸殻を近くに落ちていた空き缶にいれた。
 小人と自動餅つき機の棒には共通点があった。
 それらはどれも僕に、物事は見かけにだまされてはいけないという教訓を与えてくれた。
 その教訓を与えてくれただけで、小人が僕の人生から消えてくれればよかったのだが、そう簡単にはいかなかった。
 ぼんやりと階段に座り通りを見ていた僕は、遠くの方から木製の古風な馬車がやってくるのに気がついた。
 馬車はアスファルトの道路をぱかりぱかりと音を立ててやってきた。どう見ても二十一世紀の乗り物ではない。五百年ばかしタイムスリップしてきたように思える。
 馬車は僕が住んでいるアパートの前に止まった。
 馬車は綺麗な毛並みの一頭の白馬に引かれてきた。僕は階段から立ち上がり、馬車を見た。
 木製の馬車は白く塗られ、金色の模様があしらってあり、なんだかお姫様が降りてきそうな雰囲気があった。
 僕は馬車の扉が開くのを待った。
 扉はなかなか開かず、時間が止まってしまったような気がした。僕は自分が扉を開けてあげなければいけないのかな、と思った。
 せりふをど忘れしたまま舞台に立っている俳優の気分になってきて少し戸惑った。だが、少しすると扉が開いた。そして、綺麗なお姫様、ではなくあの小人達がわさわさ、がやがやと降りてきた。
 全員が降りきると、小人の一人は白馬に耳打ちをした。白馬はわかりました、という感じにぶるるんと一声鳴いてからまた、ぱかりぱかりとどこかへ去っていった。綺麗な馬と馬車だった。
 小人達は階段に立っている僕に気づいたらしく、軽い会釈をするとTの家の玄関へと向かって行った。
 僕も軽い会釈をした。なんだか小人達は照れくさそうにしていた。   僕は複雑な気分だった。小人達がやってきたことに戸惑ってはいたのだが、それでも、心のどこかに来てくれてよかったという思いもあったのだ。
 小人達は会釈をする僕の前を通ってTの家に入っていってしまった。
 僕は中にいるTやその仲間達が小人にびっくりして外に出てくることを期待したが、小人が全員中に入ってしまってしばらく経っても、誰も外に出てこなかった。悲鳴や怒声も聞こえなかった。
 僕は心配になってTの家に戻った。玄関には小さな木靴が綺麗に七足並べられてあった。彼らは基本的に几帳面らしい。
 靴を脱いで家の中に入り、キッチンへと行った。
 キッチンでは小人とT達が仲良く料理を作っていた。
 Tは小人がいることになんの不思議も感じていなさそうだった。ただ、ミニチュアダックスフントのメルだけが走り回り、きゃんきゃん叫んでいた。
 叫んではいたけどそれは外敵を排除するような叫びではなく、新しい人が家に来たときにいつも発する喜びの表現としての叫びだった。
 小人の一人が僕に椅子を引いてくれた。僕は椅子に座った。
 Tに小人の事を不思議に思わないのか聞こうと思ったが、やめた。 小人がいることが当たり前のように過ごしている彼女は多分、小人に何らかの魔法をかけられたのだ。もしくは僕だけが小人がいる世界というものになじんでいないだけの異端者なのかもしれない、とも思った。
 朝起きたら突然、信号というものの存在を忘れていたら街にでてあせるだろう。
 赤と青と黄色のあのライトは何だ、って友達に聞いても友達はこいつは何を言っているんだって思うだけだ。小人に関して僕がそんな状態にあったとしたらそれはそれで恐怖だ。
 小人の一人がTの妹と焼き上げて冷ましたパンケーキに先ほど僕が作った生クリームを塗っていた。なかなか手先が器用で、生クリームは綺麗にパンケーキに塗りつけられていた。
 一通りの用意が終わると午後三時になった。僕の予定では聖誕祭の始まりの時間だ。友達はあらかた集まっていた。彼らは小人がいることが当然のように振舞っていた。
 聖誕祭の会場となる洋間に全ての料理は集められた。
 僕は大きなテーブルの正面側、誕生日席に座った。友達も皆椅子に座った。小人達もそれぞれ適当に座っていた。と、僕の横に座っていた赤い帽子の小人がおもむろに例の誕生日の招待状を取り出して、見た。そして、ポツリとつぶやいた。
「三時から三時十五分、始まりの挨拶」
 それは僕が勝手に作った式次第だった。
 はい? と僕は彼に聞いた。彼は「今は始まりのあいさつの予定になっている」と言った。
 僕はみんなを見た。なんだかみんな僕が何かを言うのを待っているようだった。何か。始まりの挨拶だ。でもそんなのは僕が勝手に冗談で作ったもので、本当は自然に誕生会は始まるはずだった。
 僕が勝手に作った式次第を順におこなっていくとしたら大変なことだ。
 だって、三時十五分から四時までは僕の歴史を語るだし、四時から四時三十分は意味無くじゃんけん大会になっていたし、その後には名刺交換会や告白タイムや表彰式や関係者のあいさつや新年の抱負を語るや何やかやが目白押しなのだ。
 もちろん全ては冗談でいちいち友達同士で名刺を交換する必要なんてないし、春先に新年の抱負を語る必要性なんてない。じゃんけんで最後に勝ったからって何ももらえるわけじゃないし、ここに及んで何を告白するって言うんだ。
 大体、僕の作った予定では、果てしなき宴に突入するのは午後六時だった。料理は全て冷めているだろう。すでにおなかは減っている。つらいことだ。
 でも、どうやらこの予定を全てこなさないといけない雰囲気が部屋全体に漂っていた。それは、一人の人間の力では抗えないものだった。
 僕は途方にくれながらも適当に十五分間始まりの挨拶をした。小人達は僕の挨拶が終わると盛大な拍手をした。
 Tもにこにこと満足そうな顔をして拍手をしていた。僕は心に中でTめ! と叫んでいた。
 それから僕の聖誕祭の式次第はそつなくこなされていった。
 彼らはきちんと名刺を交換したし(小人も名刺を持って来ていた)、新年の抱負を語っていたし、なんだか色んな事を告白していた。
 やっと料理を食べられるようになったのは予定通りの午後六時からだった。
 予定通り。或る意味では正しいような気がする。ああ、そうだ、俺がこんな予定を立てたからいけないのだ。ああそうだ、ああそうだ、と思いながら僕は何とか自分を納得させた。
 それでも小人達はその冷え切った料理をおいしそうに食べていた。また、僕の友達となにやら色々話していた。それも楽しそうに。僕はそんな彼らの姿を見ていたらなんだか色んなことがどうでも良いような気がしてきた。
 宴は翌朝まで続いた。
 空が白み始め、チュンチュンと鳥の鳴く声が聞こえ始めると、いいかげん皆酔いつぶれ、雑魚寝する者も出てきた。
 Tも先ほどから姿が見えない。多分どこかで寝ているのだ。僕は小人達がいつまでいるのだろうと思った。まさか、このままここに住み着くわけではないだろう。壁にもたれかかり、ぼけぼけの頭で座り込んで目の前の電池の切れない小人達を見ていた。
 と、おもむろに年長の赤い帽子の小人がそろそろおいとましましょうか、と言って立ち上がった。他の小人達も帰り支度を始めていた。
 僕は立ち上がって彼らのところに行った。そして、言った。
「お帰りですか?」
 小人達は、はい、と言いながら玄関口へと向かっていた。
 僕は奇妙なことだけど、もう彼らに会えなくなるのかと思って少し寂しい気分になった。かといって、また彼らに会いたいのかと言われれば、力強く、いいえ、そんなことはありません、と言うと思う。
 小人達は小さなかわいい靴を履いていた。
 赤い帽子の小人に他の小人が何かを言っていた。赤い帽子の小人はああそうだ、とその小人になにやら指示していた。指示された小人は急いで玄関を出て行った。そして、十秒ほどで戻って来た。手には風呂敷包みをもっていた。
「あのう、これは誕生日プレゼントです」
 赤い帽子の小人がそう言い、仲間からその風呂敷包みを受け取って僕に渡した。
 風呂敷包みはけっこう重く、メルくらいあった。僕は一瞬メルがこの中に入っているのかと思ったが、ふと横を見ると、仕事場で雑魚寝しているIのおなかの上で丸くなって寝ていたので少し安心した。
「ありがとうございます」
 と僕は言った。いえいえ、招待してくれてありがとう、と小人達は言いながら外に出て行った。僕は小さく手を振りながら彼らを見送った……。

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