<罪と罰ということについて>

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   [一]

 コンコンと玄関のドアをノックする音が聞こえた。
 僕はそのとき、休日の朝食としてスパゲッティーを茹でているところだった。
 スパゲッティーはグツグツと煮立ったお湯の中で、神経症的に複雑に回転しながら柔らかく生まれ変わっているところだった。三月のその日は快晴で、開け放たれた窓からは心地よい春風がすうっと入り込んできていた。
 大量に発生する水蒸気を逃がすために換気扇は忙しく働いていた。
 最初のノックの音はその換気扇の音に掻き消され夢の中で聞こえる犬の遠吠えのように現実感がなかった。だが、二回目のノックの音は最初のものより大きな音だったので、僕はそれを現実世界のものとして認識した。
 キッチンと寝室とリビングからなるこの住処には、もちろん呼び鈴というものがついている。
 普通の来訪者ならこの呼び鈴を鳴らす。呼び鈴は押されると、待望の朝が来て目を覚ました鶏のように歓喜の声をだす。だが、その日、家を訪ねてきた彼らはその呼び鈴を押さず、鉄製のオレンジ色のドアをノックしたのだ。僕はしばらくの後に、何故彼らが呼び鈴を押さなかったのか理解することになる。
 僕はドアののぞき穴をのぞいた。確かにそこには誰かがいた。だが、彼らは背が低いのかのぞき穴からは顔が確認できなかった。
 のぞき穴から見る限りでは、彼らは僕の知り合いの人間ではないように思えた。
 僕はドアを開けた。
 小人がそこにいた。
 彼らは背が低かったために呼び鈴に手が届かなかったのだ。だからドアをノックした。
 彼らのことは小人と言っていいと思う。本当に、白雪姫に出てくるようなあの小人だ。着ているものも頭に被っているものも見覚えがある。小人モードの春夏物といった感じのものだ。
 僕はそれまで小人には会ったことはない。学校の同級生にもいたことはないし。隣近所に住んでいたこともない。でも、もちろん絵本やアニメでは見たことがあったので僕は彼らをああ、小人だ、と思った。それ以外には思わなかった。
「はい? 何かご用ですか?」
 僕は彼らに聞いた。聞きながら素早く彼らの人数を数えた。七人いた。七人の小人だ。
 あからさまな新聞の勧誘なら僕はこんなことは聞かなかった。ドアも開けず、勧誘を断るだけだ。だが、僕の中で小人という存在は比較的良質なものとして認識されていた。
 それは各種の海外の童話やアニメから得た情報に基づいていた。
 だから、僕はドアを開けて用件を聞こうと思った。
 彼らは狭い廊下に並んで立っていた。髭がある者もいるし、無い者もいた。ドアをノックしたのは髭が立派な、たぶん一番年長であるように見える赤い帽子の小人だった。
 彼はええと、と言いながらごそごそと肩から下げたポシェットの中に小さな手を入れ何かを探していた。
 そして、捜し物が見つかったのか手をポシェットからだした。その手には小さな筒状の入れ物が握られていた。
 彼はその筒状の入れ物の蓋を開けると中から二枚の紙を取り出した。そして、そのうちの一枚を僕に渡した。それは僕が一週間ほど前に友達に出した、僕の誕生日の招待状だった。
 誕生日は来週の土曜日だった。
 招待状は半分冗談で制作したもので、そこには僕の聖誕祭と称して式次第や料理の制作分担などが書かれていた。料理の分担は僕が勝手に決めたものであったのだが、多分友達はその通りに作ってくれると思っていた。要するに招待状兼予定表及び依頼書といった感じなのだ。
 僕はなぜ小人がこの招待状を持っているのだろう、と思った。
「これ、あんたが出したやつでしょ?」
 赤い帽子の小人が言った。
 はい、と僕は答えた。
 ああそう、と小人は言って筒状の入れ物から取り出したもう一枚の紙を広げるとそこに書かれている文章を読み上げた。
「右の者、○×は招待状を送る際の規律条例第二百五十六条の二項、市民は自らの誕生日を祝う為に催される食事会を聖なるものとして表現してはならない。及び、招待状を送る際の規律条例第八百三十七条の四十三項、招待状を送る際にはハイデルムントが定めるところの各書類に正確に明記した後、提出しなければならない。に違反したため逮捕、拘留する。犯罪行為に対する懲罰、その他は後日ハイデルムント裁判所にて行われる懲罰審議にて決定される」
 ハイデルムント? 僕は彼が言っていることの意味がわからなかった。
「あの……、ハイデルムントってなんですか?」
 僕は小人に訊いた。
「ハイデルムントはハイデルムントさ」
 赤い帽子の小人が言った。彼が言い終わると小人たちは囁きあい、その後大きな声で笑った。
「とにかく、わかっただろう。さあ、一緒に来るんだ」
 赤い帽子の小人がそう言いながら僕の腕をつかんだ。そして、強引に外に連れ出そうとした。
 彼の力はその小さな体からは想像できないくらい強く、僕は裸足のまま外へと連れ出された。
「ちょ、ちょっと待って下さい。いったいどこに僕を連れていこうというのですか」
 僕はよろめきながら言った。そして、僕をつかむ小人の手を振りほどこうと激しく振った。
「どこってプリゾネに決まっているじゃないか。今更何を言っているんだ」
 僕の手をつかむ小人が言った。他の小人も口々に何をとぼけたことを、とか、往生際が悪いとか言っていた。
 プリゾネ? 相変わらず小人の言っていることは意味が分からなかった。でもプリゾネという言葉は英語で刑務所を意味するプリズンを思い起こさせた。
 僕はなんだか酷く怖くなった。それに今キッチンではスパゲッティーを茹でている途中であり、ぐつぐつと鍋でお湯が煮立っているのだ。あの状態で家を空けてしまったら吹きこぼれがガスコンロの火を消し、ガスが部屋に充満して危険だ。僕の家のガスコンロは自慢じゃないが十年以上前のもので、吹きこぼれに対する安全装置なんてついていないのだ。
「あの、僕が悪いことをしたのなら謝ります。ですから、僕を家に帰らせて下さい」
 僕はどうしていいのかわからなかったのでとりあえず謝った。
 僕をつかむ小人の手の力がゆるんだ。そして、歩みを止め、無言のまま僕を見上げた。先ほどまでがやがやと騒いでいた他の小人も足を止め、静かになった。
「謝る?」
 赤い帽子の小人が言った。
「ええ、すみませんでした」
 僕は条件反射的に答えた。なんだか自分が近所のレストランの人形になった気がした。その人形はレストランの入り口に立っていて、光センサーで客が入ってくると頭を下げていらっしゃいませ、と言う仕組みになっている。システム的に食後の立ち去る客にもいらっしゃいませと言うのでどうにも感じが悪い。
 小人達が丸くなって何やら相談していた。一つの結論が出たのか年長者である赤い帽子の小人が僕に近づいてきた。そして、僕を見上げると言った。
「本当に悪いと思っている?」
 はい、と僕は言った。言ってから本当にこの答えでいいのかどうか少し心配になった。
「だが、犯した罪は償わないといけない」
 はあ、と僕は言った。罪を償えと言われても僕にはどうしていいのかわからない。だいたい罪ってなんだ? 僕が何をしたっていうんだ?
「あの、どうすれば償えるんでしょうか?」
 それでも、しかたなく僕は彼らに訊いた。
 小人達はまた丸くなってなにやら相談を始めた。やがて、結論が出たらしく髭の小人が顔を上げ僕を見て言った。
「我々を誕生会に招待したまえ」
 は? と僕は言った。
「招待だよ、招待。この君の聖誕祭とやらに我々を招待するのだよ」
 なんだか小人は機嫌が悪くなったのか少し怖い表情で言った。僕は恐ろしくなった。
「はい、わかりました。招待します」と僕は言った。
 言ってからまた少し後悔したが他に言う言葉は見つからなかった。今度は自分が政府の下請け会社の社長になったような気分になった。お上には逆らえないのだ。
 よしよし、と小人達は髭をなでたり腕組みをしてうなずいたりしていた。なんだかとても楽しそうだった。それから、彼らは僕の手から誕生日の招待状を取り上げるとそれを大事に筒状の入れ物に入れて、では一週間後に、と言いながら去っていった。彼らは口々に来週の土曜日が待ちどおしいですなあ、と言っていた。
 僕は裸足のまま玄関先で彼らの後ろ姿を見送った。
 彼らが行ってしまうと、僕は部屋に戻り、茹ですぎのスパゲッティーにレトルトのミートソースをかけて食べた。
 うどんのようになったスパゲッティーは恐ろしくまずく、僕は半分だけそれを食べて後は生ゴミ用のゴミ箱に捨てた。

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