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 まったく、ひどいこと言うもんだよ。
 ほんとに、全ての元凶はこいつなんじゃないかって思ったね。 
「それでも、書こう。僕が犯したことなんだから」
「別に、私はそれでも構いませんけど。私の予想では、あの事故がなくなると、別のところで事故が起きますよ」
「なんで、別のところで起きる?」
「ほら、事故が無い世界ってのはなかなか難しいものでね。あの小さな事故を無くした事によって、起こらなかったはずの大きな事故が起こる、なんてこともあるわけですよ」
 そんなこと僕は気にしたこと無かったな。
 僕が見ていたのなんて、ほんとに小さな世界だったんだな。
 視野が狭いってやつだね。
「だから、気にしなさんなって言ったんですよ。より良くしよう、なんてのは幻想なんだから。何にでも功罪ってのはあるもんですよ」
 僕は打ちのめされちまったんだな。
 全く、自分がとても無力だと思っちまったんだ。
 セールスマンが言ったことは間違って無かったね。
 だから、余計に苦しくなっちゃったよ。
 もう完璧に、二度と立ち上がれないくらいにやられちまったんだ。
 扉は全部閉ざされたように感じたんだ。
 きっと、父さんは知っていたんだよ。
 物事を変えちまうってことについて、それがどういうことを意味するのかってことをさ。
 石板は、それを僕らに教えてくれたのさ。
 だから、あれは対価を要求するんだ。
 不自然さを正そうとする行為なのさ。
 父さんが言ってたパンを喰うように戦うってことは、結局、そんな戦いが必要になるってことだったんだよ。
 色んな選択肢があったと思うけど、石板を手に入れてから父さんは、戦い続けることを選んだのさ。
 だから、いつも厳しい顔してたんだ。
「あっ」
 セールスマンが突然叫んだんだ。
「どうしたの?」
「少年。死んでしまいましたね」
 僕はびっくりしちゃったね。
「なんで? なんで少年が死ぬの? だって、事故にあってないって言ったじゃない」
「あってないなんて言ってませんよ。死んでないって言ったんですよ。少年、倒れたショベルカーの下敷きになっててね。いえ、さっきまではうまいことショベルが支えになってて潰されていたわけじゃないんですよ。だから、私は嘘をついたわけじゃないんですよ。さっきまでは、軽い怪我だけだったの。でも、今は死んでしまったんですよ。ショベルが折れてね」
 ひどい話だよ。
 誰かが歌っていたっけ。
 時代は変わるって。
 骨までずぶぬれになっちまうって。
 そうだよ、僕はそのとき彼が歌うように石のごとく沈んでしまってずぶぬれになっちまったんだ。
 もう全部終わっちまった感じがしたね。
 もういいやって思っちゃったんだ。
 でもそれからだよ。
 不思議な事が起こったんだ。
 僕はね、もう一回戻りたいな立ち上がりたいなって感じたんだ。
 そういうこと感じるときってあるだろ? 
 あれってさ、もうだめだ、ほんとうにもうだめだって思ってからやってくるんだよね。
 もっと早くやってきてくれればいいなって思うのに、でも、物事には順序があるらしくてさ、とにかくもうだめだって思ってからじゃないとやってこないものってあるんだよ。
 これがそれだね。
 誰かは歌ったんだよ。
 とにかく時代は変りつつあるって。
 これって今は悪くても……って取れるよね。
 暗いけど良い歌だね。
「石板に少年が生き返るように書いてくれ」
 僕は言ったんだ。
 セールスマンは黙っていたね。
 でも、僕のすぐ側にいるのはわかったんだ。
 気配がするからね。
 きっと、僕を見ていたんじゃないかな。
 複雑な視線を僕に向けていたんだよ。
 それから少しして、こう言ったんだ。
「いいですよ。でも、もちろん、対価は払われます」
 僕はうなずいた。
 セールスマンは、面白いことをたくさん僕に教えてくれたんだ。
 それらについて、僕はもっと深く考えたいって思ったんだ。
 僕らの世界や、僕らの生命についてね。
 もっともっと深くまで……。
 でも無理だったね、なぜなら、僕は消えてしまったから。

     ☆

 王は瞼をゆっくりと開けた。
 薄暗い中に、揺らめく炎が見えた。
 洞穴の中のように思えた。
 周りには、側近や息子達の顔があった。
 皆、驚きと喜びの混ざった表情で王を見ていた。
 王は、自らの記憶を辿った。
 最後に憶えているのは、炎に包まれる自らの姿だった。
「城は?」と王は聞いた。
「焼け落ちました」と側近の一人が言った。
 そして、自分も焼かれたのだ、と王は思った。
「石板を使ったな?」
 王は言った。皆がうなずいた。
「伝説にあるように、父さんの復活を書き記したのです」
 息子の一人が言った。
 王は首を振った。
「あれは魔的なものだ。宇宙の詔を捻じ曲げるものだ」
「確かに、石板で望みを得れば、代わりに何かを失うと言い伝えられています。ですが、父さんが復活しても何かが失われたとは僕らには感じられないのですが……」
 失われたさ、と王は思った。
「私はどのようにして復活した?」
「全てがすぐに元に戻ったわけではありませんでした。初めに足が現れました。次に腕が、それから瞳が現れ、後に全身がそろいました」
 やはり、と王は思った。
 時代もわからない、どの星の話であるのかもわからない。本当に存在しているのかすらもわからない。
 だが、あの自分達とは姿形の違う少し頭が弱いが人の良い太っちょが、自らの身代わりになったのだ。
 太っちょがその体を失う本当の理由は、家族の命を救う為ではなかった。
 太っちょをこの世に誕生させたのは、石板が王の生命を取り戻させようと世界に働きかけたが為だったのだ。
 王の生命と対価である尊きものが宇宙には存在していなかったのだ。
 王は、太っちょの世界をはっきりと記憶していた。
 太っちょの父親や母親、兄であるリビーやアイリスのことを記憶していた。
 彼らをまるで、自分のもう一つの家族であるように感じていた。
 見た目はまるで違う。
 王には硬い鱗や羽根もあったが、彼らにはなかった。
 だが、それでも彼らとのつながりは感じていた。
 王は立ち上がった。そして、歩き、洞穴を出た。
 歓喜の声があがった。
 眼下に数億の民があった。
 自分を慕い、城から焼け出された王の国の民だった。
 王は、失われた王国を取り戻すことを誓った……。

 時は経た。
 永い戦いがあった。
 多くの失われ、そして、誕生した生命があった。
 王は玉座にはいなかった。
 静かなる部屋の中で横たわっていた。
 すでに老いは王の体の隅々まで行き渡り、その命を奪おうとしていたのだ。
 王の国の再建は果たされていた。
 優秀なる跡継ぎも育った。
 王に残された成すべき事は、もう何もないように思われた。
 死に近づいていく王を、多くの瞳が見守っていた。
 王は、側近に石板を持ってくるように言った。
 借りた命を返そう、あの聖なる太っちょに。
 そして、彼の望みを叶えよう。
 私の生命が、上手いこと彼に届けばいいのだが……。
 王は石板に太っちょの復活を書き記した。
 王の体は静かに霧散した。

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