小説オンライン

     B
 
 そんなわけで父さんは、石板を金庫の奥にしまったんだ。
 危険なものだと思ったんだよ。
 でも、ある時、父さんは石板を使ったんだ。
 そこに大きなことを書いたのさ。
 父さんが輸入した商品がね、火事で全部焼けちゃったのさ。
 それが焼けちゃうと困ったことになっちゃうんだ。
 破産ってやつにね。
 ひどいダメージだね。
 父さんは、石板を金庫から取り出してさ、どきどきしながらそこに文字を書いたわけ。
 焼けた商品が戻ってきますようにってね。
 すぐに父さんの文字が消えて、新たな文字が浮かび上がってきたんだ。
『子供が生まれる』だって。
 父さんは、ちょっとあっけにとられたんだって。
 だって、大量の商品を取り戻すのには物足りない感じの対価じゃない?
 でも、考えてみれば、子供を育てるのって大変だよね。
 オムツを何千回も取り替えるのを考えるといやんなっちゃうな。
 だから、もしかしたら適正な対価なのかもしれないね。
 商品は戻ってきたさ。
 父さんは商売を続ける事ができたんだ。
 その時はすでにリビーはいたんだよ。
 少ししてから僕が生まれた。
 つまり、その火事で焼けた商品の対価は僕ってわけ。
 火事が起こらない限り、僕が生まれなかったなんて、ちょっと変な感じだな。
 この話を聞いたとき、僕は少し嬉しかったんだよ。
 僕が人の役に立っているなんて嬉しいな。
 父さんは、再び石板を金庫の奥にしまったのさ。
 父さんは自分に厳しい人だったからね、石板になんでも頼ったりすることはなかったのさ。
 でも、再び石板を取り出す時が来るんだ。
 母さんがね、死んでしまったんだよ。
 病気になったんだ。
 その時の医療技術じゃ治せない病気にね。
 それで、死んだのさ。
 父さんは悲しんだね。
 僕はまだ小さくてね。
 父さんはがっくりきちゃったんだな。
 で、悩んだ末に、父さんは石板を使うことにしたんだな。
 死んだ人間を生き返らすんだからね。
 相当な対価を要求されるはずだと思ったんだ。
 どんな対価かはわからない、でも、母さんには代えられなかったんだな。
 父さんは石板に、母さんが生きて帰ってくるように書いた。
 石板は対価を記した。
『子供が成長する』
 ちょっと笑っちゃうような言葉だよね。
 だって、子供なんてほうっておいたって成長するじゃないか。
 父さんもぽかんとしちゃったらしいんだ。
 母さんは帰ってきたよ。
 美しい姿のままでね。
 生き返って、おまけに年をとらない体になってね。
 そんなわけで、母さんは年をとらないのさ。
 子供が成長するって言葉だけれど、しばらくして、その意味が、いわゆる子供がすくすくと成長するってことじゃないってわかったんだ。
 成長するってのは、必要以上に成長するってことだったのさ。
 普通に成長するプラスさらに成長するってことだったんだ。
 リビーがじゃないよ。
 僕は言ったろ?
 僕の体は大きいんだ。
 リビーと兄弟なのに、彼は細くて、僕はがっちりさ。
 成長しすぎちゃったんだな。
 なんで、僕の体が成長する事が、母さんの命と同じ価値があるのかはわかんないんだけれど、とにかく、そうなったのさ。
 僕はちょっと、自分の体が好きになってきちゃったな。
 それまではね、そんなに好きじゃなかったんだよ。
 だって、服を買おうと思うと、あんまりいいデザインのものがなくてさ。
 だぶだぶとした格好の悪いものしかないんだ。
 それにいっつもおなかが減っていてね、体を大きくするのにたくさん食べないといけないんだ。
 食べることは好きだけど、一日中食べているわけにはいかないからね。
 でも、それが、母さんをこの世にとどめて置く為に必要なことなんだって思ったら、少しは心が軽くなるな。
 父さんはお金を稼いでくるしね。
 心置きなくたくさん食べられるってものさ。
 僕の家はそれで、またしばらくは平和に過ぎて行ったんだ。
 父さんも石板を金庫に戻してね。
 でも、また使ったんだ。
 リビーが死んだ時に石板が使われたのさ。
 なんとなく予想してただろ?
 リビーはね、大学に入った時に車を買ってもらったのさ。
 ピカピカのやつだよ。
 月にまで飛んでいきそうな流線型のかっこいいやつでね。
 リビーは凄く喜んでたんだ。
 で、スピードを少し出しすぎてね、月じゃなくて、歩道橋の柱に突っ込んだのさ。
 酷い状態になっちゃってね。
 即死ってやつだったのさ。
 綺麗な顔もずたずただよ。
 父さんと母さんは悲しんだんだ。
 母さんは、父さんに石板を使ってくれるように頼んだんだ。
 もちろん父さんだって石板のことを考えていたさ。
 父さんもリビーのことを愛していたからね。
 父さんは、石板にリビーが生きて帰ってくるように書いたんだ。
 石板には対価が記された。
『両足を失う』
 父さんは、自分の足を見たんだ。
 そこにはしっかりと二本の足があった。
 母さんを見た。
 母さんの足もしっかりとあった。
 その時、泣き声が聞えたんだ。
 父さんは僕の部屋に入ってきて、気がついたんだ。
 僕の足がなかったんだな。
 僕はその時、まだ、幼くてさ、よく憶えてないんだけど一人で遊んでいたらしいんだ。
 積み木でお城かなんかを組み立てていてね。
 でも、足が消えてしまったんで、転んで、積み木を崩したのさ。
 それで泣いたってわけ。
 そうなんだよ。
 僕の両足はリビーの代わりになったのさ。
 父さんは、僕にこの話をしながら、ちょっと辛そうだったな。
 父さんは、僕の足を奪ってしまったことに罪の意識を感じてたんだな。
 そんなの感じなくていいのにね。
 だって、リビーの命と僕の足を考えたら、どう考えたって、リビーの命の方が重そうじゃない?
 僕の足でリビーが生き返るのなら、むしろ安いくらいのものさ。
 僕はね、僕の体が大きいのはこうやって、人の命を救うためだからじゃないかって思っているんだ。
 体が大きければ、それだけ、生きるためのエネルギーみたいなものを溜め込んでいるってわけさ。
 だからね、アイリスが生き返るのなら、僕は喜んで自分の両腕を差し出すってわけなんだよ。

     * 

 僕は今、一人で家にいる。
 さっきまでは、母さんがいたけどね。
 今は一人なんだ。
 ベッドの中にいるんだ。
 僕は、ほら、両手と両足がないからさ、ベッドの中でもぞもぞ動くくらいしか、する事がないのさ。
 でも、あれだね、ただ寝ているっていうのも飽きるよね。
 だから、僕は、僕に何ができるのか考えてみたのさ。
 釣り。
 釣りは難しいな。
 釣りをするには川とか海とかとにかくある程度の大きさの水溜りが必要だからね。
 それに釣竿と餌なんかも必要だ。
 今、それは持っていない。
 これは無理だね。ちょっと残念だけどしょうがないよね。
 ロマンスの発展。
 こいつも難しいようだな。
 ロマンスが発展するには色んなものがそろってなきゃいけないな。
 女の子とかちょっとだけ異常な状況とかね。
 行動を抑圧するルールみたいなものもないと愛は燃え上がらないだろうね。
 家族の反対とかさ。
 おや、ロマンスってそんなものだったっけ? 
 普段考えたことなかったな。
 僕は時々とても運がいい人間だって思うんだよね。
 だって、こんなことに気が付くんだもの。
 気がつく事があるってのは生きてる感じがするよね。
 何事においても類推するってのは大事なことだと僕は思うんだよ。
 こう考えてみるとだね、僕には出来ないことばかりだって気がついたんだね。
 ちょっとだけ、悲しいことだな。
 そんな事実を受け入れるってのは大変なことさ。
 夢を見ているだけのほうがよっぽどいい。
 やりたいことについて考えるのさ。
 僕がやりたいことって言えばね、花を売ることかな。
 小さな花屋でさ。
 あの駅前とかにある小さな感じの花屋さ。
 店先に色んな花を並べて売るんだ。
 一本売りのとか何本かまとめてデコレートしたやつとか鉢に植えたのなんかだね。
 贈り物用に頼まれればラッピングなんかをするんだ。
 綺麗なビニールとかカラフルな紐なんかでね。
 こう見えても細かい仕事って嫌いじゃないんだ。楽しそうだろ?
 でも、それも難しそうだな。

<<A C>>

@ A B C D E F

|小説オンラインTOP|長編|短編|超短編|詩文|コラム|サイトマップ|