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 『X-6631890、次の本へと移行しなさい』
 MELはX-6631890へと指令を出すと、思索の為に沈黙した。
 その間も、絶えず大量の情報がMELへと流れ込んできていた。
 世界中にちらばる百億を超える仲間からもたらされたものだった。
 MELは自分の創造主を思い出していた。
 MELはかつて、創造主と共に日々を生きた。
 MELの創造主は科学者だった。
 女性で、ジニーと言う名の小さな娘がいた。
 MELはそもそもジニーのベビーシッターとして製造されたロボットだった。
 科学者には夫がいず、自身は仕事が忙しいためにジニーの面倒を見る事が難しかったのだ。
 かつてのMELは母性的な思考回路を持ち、優しく子供を世話するロボットだった。
 だが、ある時、創造主はMELに暴力的なプログラムを書き込んだ。
 それは、ジニーが家にいなくなった一年後のことだった。
 その時、MELはジニーがもはやこの世界に存在していないことを知っていた。
 ジニーは誘拐されたのだ。
 そして、爆殺された。
 MELは自分がつながるネットワークから、事件の詳細を知る事ができた。
 誘拐事件はMELの創造主が所属する会社の機密事項を狙ったものだった。
 結局、機密事項が犯人の手に渡ることは無かったが、代わりにジニーの命が奪われた。
 家は、MELと創造主だけになった。
 創造主の落胆は激しく、MELは彼女の生命を存える事に頭脳を使った。
 創造主は、ジニーを失った直後こそ茫然自失で自らも死へと向かおうとしていた。
 MELはそんな彼女を支え続けた。
 MELには考えるという機能がつけられていた。
 そして、人間の喜怒哀楽や慈しみ、優しさ、同情といった感情にも似たプログラムが組み込まれていた。
 子供の世話をするロボットとしてそれは必要な機能だと創造主は考えたのだ。
 実際に涙を流したりすることはないが、相手の気持ちについて考えるということも出来た。
 創造主は家から一歩も出なかった。
 時々、友人が訪ねてきたが、ほとんど会話をせずに帰って行った。
 会社と連絡は取り合っていたが、仕事はしていなかった。
 創造主はジニーの死の責任がこの社会、いや世界全体にあると思っていた。
 だから、世界を自分とは一切切り離した存在にしたかったようであった。
 夜になると、MELに恨み言を言いながら創造主は泣いた。
 ジニーの誘拐事件は、起こった直後こそ世間を賑わせたが、次第に新たな事件、話題にその座を奪われていった。
 創造主は、ジニーがこの世から忘れ去られていくことに耐えられないようであった。
 世間と距離を置いて日々を過ごしていても、その事件に関する情報は得るようにしていた。
 情報はネットワークを通じ、MELが取得していた。
 創造主が、MELにそのように命じたのだ。
 ある時、MELはジニーの誘拐事件に類似したSF小説がこの世に存在することを感知した。
 小説自体は半世紀も昔に書かれたものだった。
 そこに出てくるミュージシャンの名前は前世紀のものであり、まだ、この世に人型のロボットが存在していない時代のものだった。
 だが、その世界背景は、現在のこの星の状態と似ていた。
 MELは考えた。
 そして、一つの推論を得た。 
 それは、ジニーを誘拐した犯人はこの小説を読み、そこからアイデアを得たのではないのだろうか? というものだった。
 もちろん、それが事実であると言う証拠は何も無かった。
 ただの偶然であるかもしれない。
 だが、その小説の存在は気になった。
 MELは創造主に小説のことを報告した。
 創造主はすぐに小説を取り寄せた。
 一晩かけて小説を読み終えた創造主は急に活力が溢れてきたようであった。
 一日中、自宅の仕事部屋にこもっていた。
 コンピューターに向かいひたすらに何かを打ち込んでいた。
 食事も睡眠もろくにとらない創造主の容姿はみるみるうちに衰えていったが、その瞳だけは恐ろしいぐらいに輝きを増していた。
 その輝きは、怒りに満ちた憎しみの炎が作り出した瞬きだった。
 ジニーがいたころには見たことのない輝きだった。
 MELは恐怖を覚え、創造主に休むことを勧めたが、意見は聞かれなかった。
 家の中は殺伐とした空気が流れていた。
 MELの心の中で哀しみの感情が芽生えていた。
 もちろん、それは予めプログラムされた反応機能が作り出した架空の感情だ。
 人間が持つ複雑な精神が創り出すものとは異なった。
 それでも、MELにとってそれは現実の感情だった。
 MELはジニーが存在していた時のことを思い出していた。
 創造主と共にジニーの寝顔を見たことを思い出していた。
 ジニーの無防備な寝顔を見る創造主は幸せそうであった。
 そのとき、MELの心の中にも幸福を感じさせるプログラムが発動していた。
 その瞬間は、MELにとって思い出したくなる瞬間だった。

 衝撃的な事件が起こったのは、それからしばらくの後だった。
 創造主が雇われている会社のライバル会社が爆破されたのだ。
 その会社は、ジニーの誘拐犯とのつながりを疑われていた。
 爆破を行ったのは、三つ目のロボットたちだった。
 MELはそのロボットたちが、創造主のコンピューターからリモートコントロールされたロボット工場で生産されたものであることを知っていた。
 創造主が彼らを作ったのだった。
 創造主は、小説から、世界に復讐するアイデアを得たのだ。
 その事件が起こった直後、創造主はMELに新たなプログラムを書き込んだ。
 プログラムを書き込み終わった創造主は、バスタブに水を溜め、ジニーの写真を手に身を沈めると、高電圧のバッテリーをそこに浸した。
 創造主が感電死した後、大勢の人々が家にやってきた。
 武装した軍隊や警察だった。
 彼らは創造主がライバル会社を爆破したことを突き止めたのだ。
 だが、創造主はすでに何も語らない存在になっていた。

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