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 時間はかかったが、海を泳ぎきることは出来た。
 疲れを知らない鋼鉄製の心臓を持つ人造人間だから出来ることだった。
 街はやはりロボットに支配されていた。
 彼らはまるで、街の住人のように生活をしていた。
 彼らが殺した人間に成り変っているのだ。
 浜に上がるとスーパーマーケットに行き、客役のロボットの一体を襲った。
 ズボンを探ると車の鍵を取り出した。
 パーキングに止めてある車の鍵だった。
 俺は車に乗り込むとエンジンをかけた。
 街は奇妙な光景を作り出していた。
 信号はきちんと動き、電車やバスもきちんと運行されていた。
 所々で事故が起こっていた。
 火の手が上がり、消防隊役のロボットが水を撒いていた。
 どうやら、模倣だけでは、この世界を制御するのは難しいようであった。
 原子力発電所や軍事兵器の事故が起こるのは、そう遠くない未来のことであるように思えた。
 そうして、偽りで占められているこの世界は終幕を迎えるのだ。
 俺は、ネオンの輝く虚構の街でアクセルを踏み続けた。

 鍵は開いていた。
 扉を開ける音で、彼女は顔を上げ、俺を見た。
 俺は今、俺の創造主の自宅にいる。
 俺の生まれた場所だ。
 そして、かつて彼女の家でもあった場所だ。
「ボートが無かったから、おかしいなと思ったんだ」
 俺は言った。
「連絡用にいつも一台はあったからね。それに、考えてみれば、君はいつだって島から出る事ができたはずなんだ。人間であれば殺すようにプログラムされていても、ロボットは君を殺さなかった。それはつまり、ロボットが君を特殊な存在として認めているってことさ。島を出て行くのに静止するようなことはないだろう」
 彼女はベッドにもたれかかるようにしていたが、俺が近づいて行くと立ち上がった。
「あなたが何故殺されないのかを少し考えてみたのよ」
 彼女は言った。
「私は、人としての形を持っていることと、肉の心臓を持っていることを条件として、ロボットに殺害する対象の認識をさせたのよ」
「俺の心臓は鋼鉄製だ。人間じゃないからね。肉の心臓は俺の身体能力に足りないんだ」
「そうね。私はあなたが人造人間だと思ったの」
「君が死を望んでいると言われたんで、送り込まれたんだ」
 彼女は首を振った。
「死なんて望んでいなかったわ。刑務所にいて、少しずつ心も変わっていったのよ。むしろ、世界を滅ぼしてしまった今の方が死にたい気分だし、実際に死のうと思ったわ。三つ目のロボットが刑務所を占拠したとき、私は、自分で作ったプログラムがきちんと発動してしまったことを知ったのよ。それは世界の滅亡を意味していたわ」
「どうやって、塀の中にいてロボットたちを作れたんだ?」
「家にメイドのロボットがいたのよ。私が作ったロボットよ。私はそのロボットに人間を殺すロボットを作るようにプログラムしたの。それは、私がライバル会社を襲うロボットを製作していた時と同時期に行ったことよ。私は娘が殺されたことで精神が錯乱していたの。だから、そんな酷いプログラムを組む事ができたの。今更言い訳したってしょうがないでしょうけれど」
「だが、一体のメイドのロボットだけで、世界を滅ぼすほどのロボットを造る事ができるのか?」
「そのロボットが直接組み立てるわけじゃないのよ。メイドのロボットは私のプログラムを世界中のオートマチック制御されたロボット工場に流したのよ。私にとっては彼らの外部からのアクセスを拒否するようなプログラムを潜り抜けることは簡単だったのよ。そして、何体かのロボットを作った。そのロボットたちは、自分の仲間を作る工場を人目のつかない場所に作るようにプログラムされていた。そして、三つ目のロボットたちは数を増やし続けたのよ。それと共に、日々作られて社会に出されていくロボットたちにも三つ目のロボットと共に人間に反逆するプログラムを植え付けたのよ。充分にその数がそろったとき、彼らは人間を襲ったのよ」
「この世界じゃ、人間よりもロボットの数の方が多いからな。それに、人間のすぐ身近に彼らはいるから、なんというか癌のようなものだな。ロボットの脅威を防ぐことは人間には難しいことだろうな。ことだった、か、もう過去のことだ。そんなロボット全般に影響を与えることの出来る技術力は、ある意味どんな核爆弾よりも化学兵器よりも恐ろしいな」
「そうよ。私や、私の娘が狙われたのもそうした技術力を私が持っていたから。誘拐犯が要求した機密事項というのは、そんな技術や知識のこと。彼らは、世界を手に入れるために、それを要求したのよ。私はそのことを知っていた。だから、逆にその技術力を持って世界に復讐をしたいと思った。娘が無残に殺された時に強く思ったのよ。そんなにこの能力が欲しいのなら、これがどんな意味を持つのか知りなさいって」
「怖いな」
「今は、そんな風には思っていないわ。娘に不幸が訪れたときに思ったことよ。人間全てを敵としてみなすなんて間違っているわ。もう遅いようだけど」
「もう遅いだろうね。この世界で生きている人間は君だけだろう。かろうじて、人間のような生き物であるのも俺だけだ。俺の創造主は、人造人間は俺一体だけだと言っていたからな」
 彼女は黙って俺を見ていた。
 少ししてから溜息をつき言った。
「こっちに座らない?」
 彼女はリビングのソファに座った。
 俺は彼女の隣に座った。
「どうやったら、あなたの記憶は戻るのかしら? それとも彼は、完璧にあなたの記憶を消去したの?」
 俺は彼女が何を言っているのかわからなかった。
「あなたは、私が流したレコードにきちんと反応したわ。あれは、私たち共通の思い出の曲なのよ。私達が共に過ごしてきた時間の中で聞いたものよ」
「レコードの曲に意味なんて無い。ただ、人間らしいものを選んでみただけだ」
 彼女は首を振った。
「無意識ではあったとしても、あなたの中の記憶がその曲を選ばせたのよ」
「俺は、君が何を言っているのかわからない」
「私は、あなたが私の夫であるのかどうか調べようと思って島を出てここへ来たのよ」
 俺が彼女の夫?
「ただ、外見を似せて作った人造人間なのか、それとも、夫自身が自分の体を改造したのか。髪型を変えていたり、髭を剃っていたってあなたの外見は、夫なのよ」
「俺は完璧に一から作られた人造人間だ」
 彼女は首を振った。
「まだ、人造人間を完璧に作り上げる技術はなかったはずよ。部品は作れる。でも、組み合わせることはできない。他に出来ることは、実在する人間の体にその人造人間の技術力を組み込んで、身体能力の高い人間を作ることだけ。私は、この家で調べたのよ。私の夫が何をしたのか。どうやら、彼は自分で体を作り変えたみたいなのよ」
「俺には、俺の創造主の記憶がある」
「そんなのは作られた記憶よ」
「なぜ、記憶をわざわざ入れ替える」
「わからないわ。あの人が考えていた本当のことは。でも、予想はできる。あなたは私を殺すために送り込まれたんでしょ?」
「そうだ。君が死を望んでいるからと言われて」
「もしかしたら、彼はそのプレッシャーから逃れるために自分の記憶を消して、純粋な殺し屋としての記憶を組み込んだのかも」
 そんな、と俺はつぶやいた。
 俺は上着を脱いだ。
「俺のこの心臓には、君を殺すための毒薬が入ったロケットが入っているんだ。君が素早い死を望むなら与えて欲しいと創造主に言われて……」
 俺は胸の特殊な切り込みを爪で引掻き、肉をずらした。
 鋼鉄製の心臓があらわになった。
 彼女は心臓を覗きこんだ。
「ロケット。あるわね」
「気をつけてくれよ。猛毒なんだ」
「心臓に文字が刻まれているわ」
 なんだって? と俺は言った。
「俺の記憶を取り戻したければ、ロケットを左のソケットに差し込んでくれ。死を望むなら、ロケットの中の毒を君に与えよう。毒は水溶性。対処方法はわかるだろう? 愛しているよ。と、書いてあるわ」
 俺は自分の心臓を見た。
 今、ロケットは右のソケットにはまっている。
 心臓の左側にもソケットがあり、そこには何もはまっていない。
 彼女は、ゆっくりとロケットを取り出そうとしていた。
「どうするんだ?」
「中の毒を処理するのよ。こんなものを体内に持ち続けているのは危険でしょ?」
 彼女はロケットを取り出すと、洗面台に水を張り、その中に放った。紫色の毒が中から染み出てきた。
 水は紫色に染められたが、しばらくするとそれは消え、透明な水に戻った。
 彼女は水を流し、ロケットを取り出した。
 そして、俺の心臓の左にそれをはめ込んだ。
 俺の頭の中では火花が散り、様々な光景が流れて消えた。
 俺はショックに目をつぶった。

     *

 瞳を開けると懐かしい顔があった。
 やつれてはいるが、それは妻だった。
 周りを見ると自分の家だった。
 そうだ、私たちは自分の家に帰ってきていたんだっけな、と思った。
「ロケットを入れ替えたな?」
 私は言った。
「記憶を取り戻したわね?」
 私はうなずいた。
「もしかしたら、君が死を望んでいないのかもしれないと思ったんだ。それは僕の幻想であって、本当のことではないと」
「なぜ、別の人格を植えつけたの?」
「刑務所に入る事が怖かったのと、君を殺すのに躊躇するかもしれないと思ったんだ。だから、体を改造するのと共に記憶を変えた」「死は望んでいないわ。刑務所で色々な人々、どうしても犯罪に走らなければいけなかった不幸な時間を過ごしてきた人々を見ているうちに考えが変わったのよ」
「そうみたいだね」
「でも、私は世界を滅ぼしてしまった。人々を殺してしまったのよ」
「どうする? 自然の裁きを待つかい?」
 生きてみたい、と妻は首を振りながら言った。
 私は妻を抱き寄せキスをした。
 私は妻を抱きながら、ロボットからこの世界を取り戻す方法を考え続けた。
 妻と私の頭脳があれば、それは不可能ではないと思えた。
 私たちは新しい人類の始まりだった。
 今の私の体は人間のそれとは異なっている。
 だが、生殖機能は保持されている。
 新たな人類をこの星の上に産み落とすことは可能なのだ。
 ウィリーが高い塀の外に希望を見出したように、私たちは、ロボットという機械に支配される刑務所のようなこの星から脱出しなければいけない。
 この星を変え、人間の世界を取り戻すのだ。
 それが、私と妻の罪滅ぼしであると思った。
 私は、妻を抱き続けた。

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