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B
次の日、作業所で本棚を作っていると船のエンジン音が聞えた。
この刑務所は人工の小さな島であり、陸との交通は船により行われている。
窓の外を見ると、船からぞろぞろと手錠をかけられ、囚人服を着させられた奴らが降りてくるのが見えた。
俺は、外の世界から人間が送り込まれてきたのかと思ったが、違った。
降りてきたのはロボットだった。
この建物の中で看守をやっているロボットと同じ型のロボットだ。
三つ目が光っている。
彼らは囚人として、建物の中に入ってきた。
食事の時間になり、食堂に行くと、囚人服を着たロボットが飯を食うふりをしていた。
空の皿にスプーンを入れ、空のカップを口に運び、フォークでパスタを食べるふりをしていた。
俺は昨日と同じく、自分で自分の食べるものを調理した。
俺の調理する様を後ろで見ている一体のロボットがいた。
そのロボットは、俺が調理し終わって、それを食べている間、冷蔵庫から食材を取り出し、俺がやったようにそれを調理し始めた。
やれやれ、こいつらは人間のやることを真似してやがるんだ、と俺は思った。
看守役のロボットは看守の役をしに、囚人役のロボットは囚人の役をしにわざわざこの刑務所にやってきたのだ。
気がつくと、広い食堂の中にぎっしりとつまったロボットが、皆動きを止め、俺を見ていた。
何百という視線が俺に集中していた。
少しすると、ロボットたちは、俺が飯を食う動きを真似し始めた。
俺は、溜息をつき、それからゲップをした。
ロボットたちも溜息をつき、それからゲップをするふりをした。
その日は、陽がかげる前の十分が中庭での運動の時間に当てられていた。
囚人役のロボットたちは、俺がするのと同じように、ポケットに手を入れ、猫背気味にふらふらと歩いていた。
だが、それは最初の十分くらいだった。
しだいに彼らはその動きにバリエーションをつけていった。
ロボットたちは自らの動きを人間の模倣から入るが、幾つかの動きを混ぜ合わせてそのバリエーションを増やす事ができるようだった。
だが、所詮はプログラムで動く機械だ。
与えられた要素の組み合わせを変える事はできても、あらたな要素を創り上げるということはできないようだった。
あたりが暗くなってきたとき、どこからかピアノの曲が聞えてきた。
聞いたことのある曲だった。
『ある愛の詩』という昔の映画のテーマ曲だった。
俺は顔をあげ、その曲が流れてくる方を見た。
島の真ん中を区切る塀の向こう側から聞えてくるように思えた。
この島は東西が男女の刑務所に別れている。
異性の存在を感じさせないように、間は高い塀で区切られている。
俺は、誰かがレコードをかけたのだと思った。
俺がしたように、大音量で塀のこちら側に聞えるようにかけているのだ。
ロボットたちは、俺と同じように塀を見あげていた。
その夜は、前夜とは違い、奇妙な懐かしさを憶えさせる夜だった。
囚人役のロボットたちは、監房に入れられていた。
ほとんどのロボットは寝ているふりをしていたが、何体かは泣いているふりをしたり、いらいらしているふりをしたり、看守に悪態をつくふりをしていた。
どれも、どこかで知った情報を元にした行動であるようだった。
ロボットたちは、ピーとかガーとかいう機械音以外の言葉を発する事ができないため、その状況がもたらす感覚には違いがあったが、俺には先週までの夜を思い起こさせた。
ここにいたはずの人間達は、今は中庭の地下深くに眠り、代わりにロボットがその役目を担いにやってきたのだ。
隣の房にいたウィリーは、生きている頃にはよく泣いていた。
写真でしか見たことのない自分の娘を想って泣いていたのだ。
そのウィリーと同じように隣の房ではロボットがうずくまって肩を震わせていた。
寝付けない夜だった。
暗い中、足音が聞えた。
ゆっくりと、不遜な感じで歩みを進める足音だ。
一瞬俺はジェロムがやってきたのかと思った。
ジェロムは、囚人たちがわざと怖がるように大きな足音をだしながら歩いたものだった。
ごつごつと警棒で鉄格子を撫でるように叩くのだ。
廊下を伺うと、一体の体格の大きなロボットがこちらに近づいてくるのが見えた。
そのロボットは俺の独房まで来ると、警棒を振りながら俺を見ていた。
よく見るとその制服はジェロムのものだった。
ただ、普段なら左胸にあるはずのジェロムという名前の入ったワッペンは剥がされて、その下に刺繍されていたデイブという名前が読み取れるようになっていた。
ジェロムはデイブという看守のシャツを譲り受けていたらしい。
上から自分の名前のワッペンを縫い付けたのだ。
俺は、その大きなロボットをデイブと呼ぶことにした。
デイブは、しばらく俺を見てから、また、大きな足音を立てながら行ってしまった。
朝食のあと、作業所で仕事をした。
前日とは違い、作業は俺一人ではなく、たくさんのロボットと共におこなった。
ロボットたちは、正確な手つきで本棚やクロゼット、机などを作っていった。
作業の時間が終わると図書室に行った。
俺はレコードをかけた。
『ビリージョエル、ピアノマン』
ロボットたちは、本を片っ端から読んでいた。
時々雑談のようなこともしていたが、それはただの雑談のふりであるように思えた。
俺は昨日、レコードをかけた相手のことを考えていた。
レコードをかけたのがロボットであるとは思えなかった。
ロボットたちは音楽に興味を覚えないようであるためだ。
興味を持っているように振舞ったとしても、それはただのふりであり、音楽そのものに興味を持っているわけではない。
わざわざレコードを大音量でかけるとは思えなかった。
人間の女の囚人が生きているのではないかと、俺は思った。
夕食の時、ロボットたちは幾つかのグループに分かれていた。
昨日はなかった現象だ。
俺に話しかけるふりをしてくるロボットもいた。
食べ終わる頃になって、ケンカが始まった。
もちろん、ケンカのふりだ。
ここではケンカが起こるものだとロボットたちは考えたようだ。
騒動は大きくなり、鋼がぶつかり合う音がした。
鉄の扉が開く音がし、体格のいいロボットが一体入ってきた。
デイブだった。
デイブは警棒を片手にふらつかせ、やってきた。
最初にケンカを始めた二人に向かっていくと警棒で腹をついた。
力強い打撃だったため、ロボットたちは床にくの字に折り曲がって崩れ落ちた。
どこまでが芝居なのかはよくわからなかったが、目の光が弱まったところを見ると、実際に故障したようだった。
二体のロボットは引きずられてどこかへ連れて行かれた。
デイブは何かを大きな声で叫んでいた。
だが、その声はピーとかガーという雑音のようなものなので、何を言っているのかはわからなかった。
それでも、食堂は静かになった。
あの、雑音のような音でもロボット同士は会話が出来るようだった。
夜、寝付こうとしていたとき、何かが引きずられながらやってくる音がした。
鉄格子の間からそっと見ると、どうやら食堂でケンカを始めたロボットの一体だった。
目の光は弱かった。
そのロボットは、俺の隣の監房に入れられた。
ウィリーの監房だ。
手鏡をつかって覗いてみると、ロボットはベッドでうずくまっていた。
俺はそのロボットに話しかけてみた。
ロボットは何も言わなかった。
翌日、作業所でロボットたちを観察した。
時々、奇妙な動きをするロボットがいた。
彼らは鋭い木片をそっと隠していた。
木片は金属探知機には引っかからない。
とはいえ、ロボットたちは全身金属なので、作業所や中庭への移動の際の金属探知機での検査は形だけの物になっている。
人間の囚人がそうして木片を持ち出す行為というのは脱走の準備か、誰かを刺すために行うことだ。
ロボットたちがそうした行為をするということは、脱走か暴動、復讐のふりを始めるということを意味していると感じた。
中庭で、俺はベンチに腰掛けながら、ぼんやりと高い塀を見ていた。
銃を持った看守のロボットがその上を歩いている。
塀の向こうには海があり、岸までは十キロメートルほどあった。
ここは完璧な孤島だ。
海の流れは速く、そして、水は冷たかった。
その海を人間の力で泳ぎきることは難しいと思われた。
スタンゲッツのものらしき物憂げな曲が高い塀の向こう側から聞えてきた。
俺は看守のロボットが持っている銃をよく見た。
あの銃は本当に撃てるものなのだろうか?
多分、実際に撃てるものなのだろう。
ロボットどもにとっては撃つふりであったとしても、引き金を引けば、弾は発射される。
ロボットの残虐さは、ジェロムたち、この刑務所にいた人間がばらばらにされたことで立証されている。
もしも、脱出しようとする者を見つければ、彼らは正確にその命を奪うことだろう。
夜、カリカリと何かを引掻く音が聞えた。
その音も懐かしさを感じた。
そっと、鏡でウィリーの監房を伺うとロボットが壁に向かってしゃがみこんでいた。
どうやら、壁の排気口をいじっているようだった。
その後姿はウィリーと似ていた。
ウィリーもああしてしゃがみこみ、『アルカトラズからの脱出』のクリントイーストウッドのごとく、排気口を削っていたものだった。
寿命よりも長い刑を宣告されたウィリーはかつて塀の外を目指していたのだ。
ロボットはウィリーを真似したわけではないのだろう。だが、映画で見たか、本で読んだかし、脱出というものを知ったのだ。
そして、自分は脱出しないといけないと思っているのだ。
ただ、この人工の島に立つ刑務所は、アルカトラズとは違い岸まで十キロメートルという距離があった。
とても泳げきれるものではない。
島から出る方法は二つしかない。
刑期を終えるか、死体となるか、だ。
俺はかりかりという壁が削られていく音を聞きながら、眠りについた。
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