| <20> =聞き分けの無い男達との夜= 「九作、いるのか?」 そう言いながら入ってきたのは二〇二号室の玖瑠荷と二〇六号室のレオだった。 玄関の鍵が開いていたのだろう。あっと言う間に二人は部屋の中に入ってきた。僕は椅子に座っていたので彼らが部屋の中に入ってくるのを防ぐことは出来なかった。 寝室への扉の前に立つ九作の顔を見る。 あっけにとられ凍っている。僕も凍った。 二人の死体はまだあのままだ。彼らに見つかったらどう言い訳をすればいいだろう。いや、言い訳などせずとも事実をそのまま伝えればいいのだが、はたしてそれで彼らがどう思うのか心配だった。 ほんの数時間前まで、僕は友達の結婚式に出席していた。 それはいい結婚式だった。 いい結婚式といい葬式がおくれた(おくられた?)人は人生のかなりの部分成功していると思う。来客者も芸人が多いせいか、つまらないスピーチはなく、お酒や料理もおいしく楽しいパーティーだった。そうだ、僕自身も幸せな気分になれる結婚式だった。当然数時間後に半分酔っ払った状態で胃が痛くなるような状況になるとは思わない。だけど、僕は九作の青ざめた顔を見た後、玄関前でぶつぶつといっている玖瑠荷とレオを見ながら思った。現実には少し困った状況になっていた。 「なんだ、電気もつけないで内緒話か? 鍵をかけないと危ないぞ」 玖瑠荷がにたにた笑いながら言った。九作は慌てて寝室への扉を閉めた。 「なな、なんだよ、一体!」 九作が早口に言った。 「なんだよって、何を慌てているんだ?」 玖瑠荷が部屋の中央にあるソファに座りながら言った。 「勝手に入ってくんなよ!」 九作は玄関の扉を閉めながら言った。 「勝手にって、扉が開いてたから当然中にいると思ったんだ」 そういえばさっき僕は扉の鍵を閉めなかった気がする。九作が僕をにらむ。にらまれても困る。 「何の用なんだ?」 九作はバスルームへの扉の前に立ちながら言った。バスルームに玖瑠荷たちを行かせないようにする無意識の行動かもしれない。だが、なんにせよすぐにここに死体があるということはみんなにばれるだろうと僕は思っていた。 映画なんかでは一生懸命死体を隠したりするけど、実際、というか多分だが、記憶をなくしているとはいえ、九作は殺人犯ではないだろう。誰か他の人間が彼女達を殺したに違いない。どこの誰かは知らないけどそれほど時間はかからずに真犯人は捕まる気がする。九作が一生懸命自分の無実を主張する必要はない。 どうしてこんな状態になったかは知らないけど(正直はじめから推理する気はあまりない)そういったことは警察にまかせたほうがいい。あまり長い間警察に知らせずに状況を放置しておくとこんな感じに無意味に困った状態になる。嘘をつく必要もないのに嘘をつかなきゃいけなくなるし、あらぬ心配が増える。案の定レオがこう言った。 「いやあ、九作さんに頼み事があって。それよりトイレ貸してくんないかな?」 九作はレオを見て首を思い切り横に振った。普段クールなイメージがある九作だが実は面白い奴なのかもしれないと僕は思った。 「なんだケチだな」 そう言うレオに九作は 「自分の部屋ですればいいだろ! すぐそばなんだから」 と怒りながら言った。 やれやれといった感じでレオも部屋のソファに座った。 「なんだよ、何の用なんだよ」 九作は相変わらずバスルームの前でがんばっていた。 そんな九作を見てから、ふう、と玖瑠荷は一息ついてレオのほうを見た。 「んん、まあ、用ってのは簡単なんだけど、それよりなあ、レオ。バスルームと寝室が気にならないか?」 玖瑠荷はそう言いながらすっと立ち上がると寝室へと向かって歩き出した。九作は反射的に玖瑠荷を止めようとバスルームの前から移動した。レオは横目で二人を見ながらおもむろに立ち上がるとバスルームへと歩いてその扉を開けた。レオは玖瑠荷と何度も何度も練習したようなタイミングとスピードで動いたために僕は彼を止めることは出来なかった。この自己中心的な考え方をする二人は、だがなぜか、コンビとしての呼吸はばっちりであった。 入るな! という叫びと共に九作は玖瑠荷を止めたがバスルームに進入するレオを止めることは出来なかった。僕はというとソファに座ったまま動かなかった。 しばらく部屋の中の時間が止まったような気がした。 バスルームに入ったレオは出てこなかった。 九作はバスルームへと向かった。玖瑠荷もその後についていった。 僕もやれやれと立ち上がるとバスルームへと向かった。 バスルームではレオが口を押さえて立ったままバスタブを覗いていた。バスタブには長い黒髪の女性が胎児のように横たわっている。 「寝ているわけじゃないな」 玖瑠荷が言いながらしゃがみこみ、バスタブの中を覗き込んだ。 「死んでいるのか?」 レオがバスタブの中の死体を凝視しながら言った。 「ああ」 玖瑠荷が女性の体をつっつきながら言った。 「さわるな!」 顔を赤くして九作が言う。 「九作さん、とうとうやっちゃったんだ」 レオが言う。 「違う!」 九作がむきになって言う。普段見たことが無いくらい取り乱している。やはりこの男は面白い男なのかもしれない。 それから九作は早口に自分に記憶が無いことや、誰かが彼女達を殺し、自分を殺そうとしたことを玖瑠荷たちに話した。だが、横で話を聞いている限り、どうにも可能性がある状態の物事を九作は断定して話す。実際何があったのかはいまだにわからないのだ。 玖瑠荷とレオは寝室にも移動し、そこでも美しい死体を見つけた。 「売れっ子イラストレーター、疑惑の殺人事件って感じだな」 玖瑠荷が僕に言った。 「それだとイラストレーターが犯人だって言っているようだな」 僕は応えた。 「ほら、でも、そう思わせといて実はってのもあるじゃない」 レオが言った。 「何の話をしているんだ!」 九作はまだ血圧が下がらないらしい。 「静かにしろよ九作。だが、しかし、これはすごいな」 玖瑠荷が他人事のように言う。まあ、実際他人事なんだが。 「警察には?」 レオが言う。僕は首を振った。 何故? と聞く玖瑠荷とレオに僕は偏屈な九作の作った理由を話した。 「なるほど。で、犯人は誰だと思うんだい?」 玖瑠荷が聞いてきた。 「それは多すぎてわかんないらしい」 「は? はは、凄いねえ九作さん」 レオがあきれた笑い顔で言う。九作はそんな彼らにもう言う言葉はなかったらしい。壁にもたれて疲れた顔をしている。 「まあ、でも実際の話警察に通報したほうがいいな。それに米利のじいさんにも」 玖瑠荷の言うことに僕も同意、とうなずいた。九作は納得がいかないようだったが他に何が出来よう。 「わかった、警察に連絡しよう。しょうがない。このままじゃ余計に事件がこじれていくだけらしい」 九作が言った。 「ああ、それがいい。だが、その前にちょっとこっちの用をすませてほしい」 電話の受話器を取ろうとした九作に玖瑠荷が言った。 「用? そういえば何でこの部屋に入ってきたんだ?」 九作が聞いた。 「九作さん、ジェームズ・ロックのレプリカ描いてたでしょ。『花』って題の作品の」 レオが言う。 「ロック?」 九作がつぶやいた。 「そう、前に彼の作品を模写したものを見せてくれたことがあったじゃない」 ああ、と九作はうなずいた。 「たしか、飾るとこがなくてクロゼットにしまってあるが、それがどうした」 「それを売って欲しいんだ」 九作は首をかしげた。 「何故だ?」 「欲しいから」 「こんな夜中に絵を買いに来たのか?」 「そうだよ。僕らに何か問題あるかな。九作さん夜型だし、物欲ってのは大概突然襲ってくるもんなんだ」 九作は黙ってレオを見ていた。 僕は玖瑠荷の顔を見た。殴られたのかあざが出来ている。今日は週末なのでクラブでのボクシングの試合に出ていたのだろう。レオもそれに付き合っているはずだった。今はまだ十二時を過ぎたばかり。この時間だといつもなら二人はまだクラブにいるはずだった。 だが、二人はオラクルにいる。そして九作の絵を欲しいといっている。僕はまた何か僕の望まぬ方向へ物事が進んでいくような予感に襲われ、こんなことならいっそのこと朝まで起き上がれないくらい酔っ払っていればよかったと思った。 九作とレオの間に緊張という名の少し不快なものが出来上がりつつあった。 「いくらだ」 重くなっていく空気を察したのか玖瑠荷が言った。 「参百」 九作が言った。 「それってどうなんだ?」 玖瑠荷がレオに言った。 「高いか安いかってこと?」 玖瑠荷がうなずいた。 「まあ、妥当かな。僕はそれでかまわない」 「よし、九作、それを売ってくれ」 九作はレオと玖瑠荷を見ていた。 「何故だ?」 九作が言った。 「何故、あの絵が欲しいんだ」 レオが玖瑠荷を見た。 「理由がないと欲しがってはいけないのか?」 玖瑠荷が言った。 「特別な理由があるからあの絵が欲しいのだろう?」 九作は、理由を教えられない限り、絵を譲る気はないようだった。 「本物のロックの『花』を持っているんだ」 レオが言った。 「本物? お前が?」 九作がレオを見て言った。 「ああ、でもそれはちょっと事情があって返さないといけないんだ。だけど僕は返したくない」 「それで、俺の作品と取り替えようって言うんだろ」 「話が早いな。だが、そういうことだ。納得しただろ?」 玖瑠荷が言う。 「いや、納得しないね。それに、そうだなレオ、お前は玖瑠荷ほどは悪い奴じゃない。だから、俺が体験した奇妙なことを教えてやる。その話を聞いてから俺から作品を買うかどうか決めろ」 何を言っているんだ。時間はあまり無いんだ、と玖瑠荷は言っていたがかまわず九作は話し出した。 僕はまた頭痛がひどくなってきた。酒のせいでもあるし、この聞き分けの無い男達と二つの綺麗な死体に囲まれた部屋にいるせいでもあった。だが、不思議なことに居心地の悪いところではなかった。 それはここがオラクルの中であるせいか、僕がひどく疲れていて眠いせいかはわからなかった。 僕はソファの上で半分眠りながら九作の話を聞いていた。 |