携帯恋愛小説
『ノーベンバーレイン』
窪璃音/著
第四章
[D005]
「……というわけで、来月、結婚することにしたんだ」
突然、父親が言った。
何がというわけなのか、それまでの父親の会話からはよくわからなかったが、僕はああ、そう。おめでとう、と一応言った。
「そうなの。だから瞳のことをよろしくね」
泉さんが言った。
何故、だからなのか、僕にはやっぱりよくわからなかったけど、僕は、はい、と答えた。
「瞳もユキヒロさんにきちんとあいさつしなさい」
泉さんが言った。
瞳は切りづらい子羊のステーキを切ろうと格闘していたが、母親にそう言われると手を止め、ナイフとフォークをきちんとそろえて皿の端に置き、姿勢を正して両手を膝の上に置いて深々とお辞儀をした。
僕もそれに応えるように軽く礼をした。
礼が終わると瞳はまたナイフとフォークを手にし、ステーキの解体に取りかかった。
まるで、建築現場の作業をしている人が、現場のことなんかはまるでわからないけど、何故か各種の書類に判子を押す権利を持っているお偉いさんが来たので、一旦手を休めて、やれやれ仕方がないな、と心のこもらない礼をした後に、また忙しく現場に戻っていく時のような感じを受けた。
「今十四で、難しい年頃だから迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくね」
泉さんが言った。
十四か……やはり十七ではなかったか、と僕は思った。
瞳は母親にそう言われると、一瞬ナイフの動きを止めた。
それまでナイフが皿に当たり、キコキコと音を立てていたが、一瞬だけそれが止み、奇妙な静寂がやってきた。
瞳はちょっとだけ唇を噛んで動きを止めたが、すぐにまたナイフを動かし始めた。
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