携帯恋愛小説
『ノーベンバーレイン』
窪璃音/著
第四章
[D003]
約束通り金曜日の七時、銀座にある父親の会社に行った。
何となく予感がしたので、僕はカジュアルだが、ヨーロッパのデザイナーズブランドのしっかりとした作りのパンツをはき、半袖の白いシャツを着て靴を磨いてから行った。
ロビーで棚に並んだ雑誌を手に取って読んでいると、父親がやって来た。
「待たせたな」と言うと彼は時計を見た。
それから「まだしばらくかかるようだから先に行こう」と言った。
先に? 何の? と僕は思ったが何も訊かずに父親の後について行った。
〈M〉に入ると僕らは席に案内された。
席は四人分の用意がされているものだった。
手術道具のようにきちんと磨かれたナイフとフォークとスプーンが並んでいた。
僕らは席に着いた。
飲み物を訊かれたのでミネラルウォーターを頼んだ。
そして、しばらく最近のことについて取り留めのない話をした。
十分くらいして父親の視線が店の入り口へと移動した。
入り口は僕の背後にある。
僕はあえて振り向かなかった。
二人分の足音が近づいてきた。
父親は立った。
「待たせたわね」
軽い、女の人の声がした。
父親は椅子をひいて、その声の主を座らせた。
僕は彼女を見た。
肩先までの黒髪を軽くカールさせ、薄いピンク色の口紅をつけていた。
胸の大きく開いたワンピースを着ている。
ワンピースは落ち着いた橙色で特殊な生地なのか、ライトに照らされ、きらきら光っていた。
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