携帯恋愛小説
『ノーベンバーレイン』
窪璃音/著
第三章


[C001]


──ダマヤンティの話をしよう。


かつて、僕の父親の家には猫が一匹いた。

父親は銀座にある出版社の雑誌編集の仕事をしている。

その雑誌は、少し人生について腰を落ち着かせて考えてみようかと思い始めたくらいの年齢の人が読む雑誌で……、要するに渋く洒落た匂いを発しているものだった。

僕の母親はその出版社のそばで日本料理屋を経営していた。

その料理屋は元々は亡くなった母方の祖父がやっていたもので、僕の父親はその店をよく接待で使っていた。

そして、彼らは知り合い、結婚し、十三年後、離婚した。

それでも、父親はいまだにその店を接待で使う……。

まあ、いい。彼らのことは置いといて猫の話をする。

猫の名前はダマヤンティという。ダマヤンティはインドの伝説の女王様の名前で、その頃、父親と一緒に住んでいたライターの女の人が名付けた。

ダマヤンティは少し長い名前なので、よく僕はダミーとかダマヤンとか呼んでいた。

ダマヤンティを拾ったのは、ある夏の日の午後だった。

僕は十四歳で、夏休みで暇だったため、父親の家に遊びに行こうとしていた。

木々が生い茂り天然の日傘となっている幅の狭い路地裏を通り、いつものように父親の家へと向かう途中、地面に二匹のとても小さな小さな子猫が置かれていた。

捨てられていたのではない。

いやもしかしたら、誰かが彼女たちをそこに捨てるつもりで置いたのかもしれないが、それでも段ボール箱に入っているわけでもなければ、そばにかわいがって下さい云々の紙が貼られていたわけでもない。

ただ、幅一メートルほどのアスファルトの道の上にちょこんと置かれていたのだ。



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