携帯恋愛小説
『ノーベンバーレイン』
窪璃音/著
第二章
[B005]
「互いにって、君は自分のことは全く話していないじゃないか」
「私のこと?」
「そうだよ。人に何かを質問する時は自分のことをまず話すものじゃないか?」
「ううん……そうねえ。そういうものかしら」
「そういうものだよ。話さないならもう切るからね」
正体のわからない彼女との会話は、実際にはそれほどつまらないというものではなかったけれど、これ以上彼女と話さなければならない理由というのも僕にはなかった。
「待って待って、切らないでよ。そうだ、じゃあ会って話しましょうよ」
「会う? さっきも言ったけど僕は何も買わないし、どんな契約もしないし、判子も押さないよ。
だいたい僕は今決まった職というものがないからお金を持っていないんだ」
僕はこんなことあまり自慢げに言うことではないな、と思いながら言った。
「だから、営業の電話じゃないんだってば、お茶ぐらいなら私がおごるわよ。それでいいでしょ」
僕は彼女がクラヴで出会った誰かかな? と考えた。
声には覚えがないが、爆音でうるさいクラヴでは声の感じも変わるだろう。
もしかしたら例によって僕は酔っぱらっていて、彼女に声をかけたのを覚えていないだけなのかもしれない。
だから会ってみれば全てはわかるような気がした。
確かに怪しげな物を売る営業めいた電話ではなさそうだ。
僕はしばらく考えた後、こう言った。
「会うとしたらどこでだい? 君は僕の住所を知っているのか?」
「銀座の〈S〉の前で会いましょう。そこから近いでしょ。あなたの家の住所なんて知らないわ。
電話番号から大体の予想ができるだけよ」
銀座の〈S〉──確かにすぐに行ける場所ではある。
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